三章 天狗攫い

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 靄の深い道を歩き行く二人。いつの間にか、天狗神社の最寄りの砂利道に辿り着いていた。砂利道の端には天狗の姿をした地蔵が何体も立っており、その横には風車が靄を動かす程度の微風を受けてか、ゆっくりくるくるくるくると回り続けていた。色とりどりの風車は靄の白さに負けずに満開の花を咲かせている。  二人は神社の階段より、ぞろぞろと下りてくる人達の気配を感じた。二人は慌てて道端の斜面に倒れ込むように隠れ、その様子を伺う。 その集団の中央には響喜の姿があり、同じような宮司服を纏った者たちと何やら話していた。志津香の葬式の時に一緒にいた宮司達である。 「川と山肌を重点的に探すんだ」 「隣村の川も探すように要請してくれ、流れてるかもしれん」 「猟友会から連絡は?」 「無いです」 「皆、トランシーバーは持ってるよな?」 「村のハム(アマチュア無線)やってるヤツから全部借りてきました」 「了解、六時まで探すぞ! それ以降は山の動物も活発に動き出す」 宮司さん達が一生懸命になって桜貝を探してくれていることに、二人は心から感謝した。 二人は石段を上がり、捜索本部のあるテントを確認した。 集会用テントの真下に置かれた長机、そこには村の地図とアマチュア無線の大掛かりな機械が乗せられていた。常に何やらノイズが流れ、時折「現在地+目標発見デキズ」の報が入る。そこに、てんてこまいとなっている捜索隊に、番重にぎっしりと詰められたおにぎりが差し入れされる。それを運ぶのは兼一の母であった。集会用テントの向こうに見える宮司宅の台所の窓は開いており、そこからおにぎりを握る村の女達の姿が見えた。 「腹減ったな…… 母ちゃんからおにぎり貰ってこようかな」 「おいおい、俺ら『行くな』って言われてるのに、勝手に探してるんだぜ? 見つかるといろいろと面倒だぞ」 「それもそうだな」 二人は踵を返して石段を降りた。そして、人がいないことを確認しながら白い靄に包まれた道を進む。その道の突き当り、つまり注連縄(しめなわ)で封鎖された道の終わり前に立った二人の目の前には信じられない光景が広がっていた。注連縄(しめなわ)の前には赤い車が一台。見慣れない車が停められていたのである。 「村の人の車かな?」 「この村の奴らがこんな洒落た車乗るわけがねぇ。余所者(よそもん)の車だ。こんな趣味の悪い軽薄な赤の車なんて買ったら、ソッコー村の噂で笑いものだ」 兼一は車の前面に回った。ヘッドライトが点灯されていることにに気がついた。 「おいおい、ライトつけっぱなしだよ。何考えてるんだろうな、この車のオーナーさん」 兼一は続けてフロントガラスから車内を見た。車内はルームライトまでもがこうこうと点灯していることに気がついた。 「おいおい、中までつけっぱだぜ? バッテリー切れても、この村までレッカーなんて来れねぇぞ?」
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