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「それ」に気がついた義圭はくるりと踵を返して走った。
「おい、今更イモ引いたのかよ!」と、叫びながら兼一は後を追いかけた。
義圭は注連縄を持ち上げ、舐め回すようにそれを眺めていた。注連縄に付けられた紙垂には赤黒い血痕が点を描くように不等間隔で付けられていた。
紙垂。注連縄につけられた紙のこと。特殊な断ち方をして折られている。落雷は稲を豊作に導くと言われていることから、五穀豊穣の呪いを込めて稲妻の形にするとされている。
玉串などの手持ちの道具につけられた場合は祓具となるが、注連縄につけられた場合は神域、聖地、禁足地であることを知らせるお印となる。
「やっぱり血だ」
「宮司さんもドジなところあるんだな。注連縄つける時に手ェ切ったのかな」
確かにこう考えるのが自然だ。ただし、これが付けられたばかりならの話である。
この注連縄がどれくらいの周期で交換されているのかは分からないが、何度か雨か雪かで濡れたような撓り具合と、縄そのものも所々、解れ、ささくれだっていた。
この経年劣化の具合を考えると、ここ最近に交換されたものでないのは明らかである。それに、血が乾かずにハンカチについたことから義圭は一つの結論を導き出した。
つまり、血はここ最近ついたものである。義圭はふと足元の砂利道を見ると、轍では無いが、何かを引きずったような跡があることに気がついた。
「熊に殺られたとか?」
「そうかもな」
二人は安里が熊に殺られたと判断した。そうなれば、これ以上ここに居るのは危険だ。怒られるのを覚悟で捜索隊に知らせ、その中の猟友会に後を任せるべきである。
さすがに熊相手では…… と、義圭が思った瞬間、あの因縁の音が遠くから聞こえてきた。
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