三章 天狗攫い

13/54
前へ
/137ページ
次へ
シャン! 錫杖の(リング)(リング)がぶつかり合う高音の金属音である。 義圭がこの音を聞いた瞬間、三年前の忌まわしき記憶が蘇った。 全身が震え上がり、冷たい靄の中で寒気を感じ冷えた躰がますます冷えたように感じる。 それでも、この音の正体を確かめずにはいられない。 好奇心や探究心や冒険心などと言ったものではない。根 拠こそ無いが、この音の主を確かめることが三年前からの因縁を断つことに繋がるに違いないと言う気がしていたからである。 義圭は踵を返し、再び封鎖された道を歩き始めた。 「おい、熊とかいるかも知れねぇんだぞ」 「天狗がいるかも知れないんだ」 「お前、まだあんなの信じてるのかよ」 義圭はその問いに答えずに砂利道を進む。兼一は「ほっとけない」として、義圭の後を追った。その道中「無いよりはマシか」と長めの木の枝を拾い、毎日千本は行っている素振りままに何度もそれを振った。空を切り裂く音が近くに響く。  二人は砂利道をジャリジャリと言った足音を立てながら歩いていた。その途中、一際大きな天狗地蔵の前を通りかかる。 「俺、この後ろで天狗の姿見たんだよ」 「お前、まだそんなこと言ってるのかよ。サンタを信じる村の子供たちと変わらねぇな?」 「この村、玩具屋も無いのに両親(サンタ)はどうやって玩具調達するんだろうな?」 「冬はトンネルが雪で塞がるしな。電車も雪で止まる。物資は自衛隊がヘリで届けるぐらいだ。その物資の中に、包装(ラッピング)された玩具や赤と緑にデコされたお菓子とかがあってな」 「迷彩服のサンタクロースに、タンデムローターのトナカイか。イケてるじゃん」 二人がそんなことを話しているうちに道の終わりに辿り着いた。道の終わりと言っても行き止まりと言うわけではない。砂利道が途切れたこの先は道なき獣道となっていた。二人はそれを気にせずに獣道を進むことにした。二人が獣道に入ると同時に一陣の風が吹き、小さな天狗地蔵に添えられていた風車が激しくからからと回る…… 一陣の風は靄に動きこそ与えるものの、晴らしてはくれなかった。 「相変わらずデカい木だな」 二人は獣道を踏みしだきクヌギの木の前に立ち、それを見上げていた。 見上げるのをやめ、首を下げると目の前には洞があった。 その洞には樹液に集まった甲虫達が大晩餐会を開いていた。カブトムシ、カナブン、オオクワガタ、ミヤマクワガタ…… 様々であった。 「別に蜜とか塗らなくても集まるんだな」 「この村で一番大きな木だし、集まりやすいだけじゃないの?」 「それにしても…… こんな状況じゃなければ、俺も百万長者(ミリオネア)か」 義圭は木の洞に大量にいるオオクワガタの数を数えていた。平時であれば脇目も振らずに掴み取りでオオクワガタを集めていただろう。 だが今は平時ではない。オオクワガタを「惜しい」と思いつつも見逃すのであった。 兼一が甲虫達を眺めていると、違和感を覚えた。いつもの茶色とも黒とも言えないカブトムシやクワガタの背の色がいつもとは違うのである。 違いを口で説明することは出来ないが、何かが違っており、どこかスッキリしない気分に襲われていた。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加