三章 天狗攫い

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「なぁ、クワガタってこんな色だっけか?」 義圭も気になり、甲虫達を眺めた。確かに口では説明出来ないがいつもの甲虫達の色とは何かが違っていた。 「うまく言えないんだけど、茶色がちょっと強いね」 その時、雲に隠れていた太陽が姿を現した。その日の光がクヌギの葉を通り抜け木漏れ日となり、二人を照らす。二人の髪の毛に木漏れ日が当たり、真黒な髪の毛が茶色く見えた。 「日の当たり方で黒髪が茶髪に見えることあるやん? カブトムシもそれと同じで茶色く見えるとか」 「あるある、俺なんて席が窓際でさぁ、直射日光直撃するんだよ。んで、ツレから『お前、外人みたいな茶髪に見えるぞ?』ってよく言われる」 「多分、髪の色素が薄いんじゃね? 薄いのは色素だけで髪は薄くなりたくねぇよ」 兼一はオオクワガタに手を伸ばした。その刹那、オオクワガタは羽根を広げてどこか遠くに飛んで逃げ出した。その時、兼一は右手の指の爪の先でオオクワガタに軽く触れていた。 何かをガリっと削るような感覚を覚えた兼一は爪の先を眺めると、そこには何やら赤い粉末が付着していた。 「何だよこれ? オオクワのフンか? うわっ下痢してらぁ」 「スイカみたいな水分ある物食べると下痢するらしいけど…… 樹液で下痢はしないでしょ」 「おい、ティッシュ持ってね?」 「ねぇ」 非常事態だし、仕方ない。さすがに虫のものとは言え下痢便を袖で拭わせる訳にはいかない。義圭は先程汗を拭った血の付いた青いハンカチを差し出した。 「サンキュ」 「後で洗って返せよ」 兼一は躊躇いも無しに爪先をハンカチで拭いた。先程と同じ、茶色とも赤とも言えない粉末がハンカチを穢す。 「これ、さっきの血と同じもんじゃないか?」 「この血の持ち主もここまで辿り着いて、何者かにズバンと切られたと。その時に出た血がここにいる甲虫達にもついたってことか」 「いよいよ、ヤバい話になってきたな。洒落になってない」 義圭がクヌギの木の更に向こう側に歩を進めると、何かに足を躓いた。 石かな? と思い、ピッチャーがマウンドを足で慣らすのと同じ動きで軽く木の葉を払った。しかし、そこに石はない。あったのは懐中電灯である。 天然自然の森の中にある明らかな人工物。義圭は不自然に思いながら、それを拾い上げた。懐中電灯の電源は切られていた。 「懐中電灯だ」 「見りゃ分かるよ」 「どうしてこんなトコに」
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