三章 天狗攫い

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「誰かの落としもんか?」 兼一の問いに答えず、義圭は懐中電灯の電源を入れた。そのついでに土や泥を軽く払う。全体的に真新しいことから「新品」と言うことが分かった。 つまり、最近ここに置かれたと言うことである。 「使わせてもらおう。森もここから先は暗くなるだろうし、持ち主を見つけたら返せばいいだけの話だ」と、兼一。 「いるのかな…… 持ち主」 義圭はその問いに答えず、クヌギの木の更に後方に歩を進めるのであった。 「ケンちゃんは森の奥って入ったことある?」 「なんだよいきなり」 「いや、俺さぁ…… これまで森の奥はいかなかったやん?」 「ああ、お前は志津香さんや紗弥姉(さやねぇ)に奥までは行くなって言われてたし。俺らもお前を奥には連れて行かなかったな」 「ここから先って何があるんだ?」 「その先に今からいくんじゃねぇか、ほら」 兼一は前方を指差した。そこにあったのは、東屋が一つぽつんと浮かんだ鬱蒼とした緑の苔に覆われた湖であった。種類も分からぬ鴨が悠々とその中央を泳ぎ、湖の畔には何やら海でもないのに灯台のようなものが雄々しく屹立しており、苔生(こけむ)した湖にも拘らずに鏡写しになり、大きな白い「1」の文字が湖に浮かんでいるように見えた。 湖を囲むように木道(ボードウォーク)がぐるりと一周している。湖は川には繋がっておらず、法律上では「単なる巨大な水たまり」の扱いになるものであった。  二人は木道(ボードウォーク)に沿って歩いていた。すると、湖面より何か ちゃぽん と、音がした後に連続した波紋が発生する。 「鯉だよ。ここ結構いい釣りスポットなもんでな」 「連れてけよ」 こんなにいい釣りスポットがあるのに連れて行ってくれないとは何事だ。義圭は恨めしい目で兼一を見つめてしまった。 「子供だけじゃあ帰り大変だし、何より俺が志津香さんや紗弥姉(さやねぇ)に殺されちまうよ」 兼一は悪びれない。 秘密基地という秘密は共有しているのに、こんな面白そうなところは秘密にするとは案外薄情なやつだ。義圭は別に痒くもない頭を掻きながら舌打ちを放った。 「内臓ぐっちゃで腹破れた鯉が何十匹も浮いていたこともあったしな。野犬とかいるし、危険だぜ?」 こんな事を話しているうちに、始めに湖の木道(ボードウォーク)に入った場所の正反対の場所に辿り着いていた。丁度正反対の場所に位置するこの場所は道が二手に分かれていた。一つはそのまま木道(ボードウォーク)が続いており池を一周するコース、もう一つは葉っぱや木の枝に覆われた道とは言えない獣道であった。 「ケンちゃん、こっから先は行ったことある?」 兼一が首を横に振った。 「行こうとも考えねぇよ。村の地図とか見ても単なる山だぜ?」 「あんまり奥に行き過ぎても、二重遭難で迷惑かけるだけだ。別の道に……」と、義圭が言った瞬間、再びあの音が聞こえてきた。今度は距離も近いせいかより大きい音であった。
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