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その時、シャン! シャン! と言った何かの金属同士がぶつかりあう音が聞こえてきた。外から聞こえて来るにも拘らず、バンガロー全体にその音は響き渡る。
その音を聞いた三人は体勢を低くし、身を隠した。そして、三人は身を寄せ合った。
「何? あの音? この辺り、俺ら以外人来ないはずなのに」
「今来てんだろ」
「嫌よ、あたしらの基地奪われたくない」
こうして話している間にも シャン! シャン! と言う音はバンガローに近づいてくる。
一体何の音だろうか? 三人は気になっていた。
初めに答えを導き出したのは義圭だった。
「錫杖?」
「何だよそれ」
「坊さんが持ち歩いてる杖だよ。なんだろ…… 先端に輪っかがついてて、その輪っかにいくつも輪が通してあって…… 持って歩くだけでシャンシャン鳴るの」
義圭が錫杖を見たのは春先の京都での修学旅行のことである。
京都の町中をクラスの皆で教師に先導され、歩いた時にすれ違った僧侶、その僧侶が持っていた杖こそが錫杖であった。その時に耳に残った音と同じ音が聞こえているのだ。
桜貝は全身をガチガチと震わせ、二人に向かってボソリと呟いた。
「天狗様……」
「そんなわけが」
「そうだよ、よっちゃんが変なこというから攫いに来たんだよ」
兼一と桜貝は慌てて部屋の隅に積まれていた薄手のタオルケットを被った。
天狗様に対する畏れから来る防御行動である。タオルケットに包まった二人はぶるぶると震え部屋のコソコソとした動きをしながら隅へと隠れる。
「居るわけないのに」
義圭は「大方地元の寺の僧侶が歩いているだけだろう」と軽い考えであった。
鳴り止まぬ錫杖の音に畏れもせず、スマートフォンのカメラを起動した。
そして、窓にカメラを向けた。
「おい馬鹿やめろ! 本気でヤバいぞ!」
兼一は義圭のシャツの裾を本気で引っ張った。義圭は尻もちを付いた後、同じくタオルケットを被せられた。その刹那のタイミングとも言える直前、錫杖の音に混じって一つの音が鳴った。
カシャ
義圭は体を引かれた勢いでスマートフォンのカメラのシャッターを切ってしまった。痛い尻を押さえながらスマートフォンの画面を見た。
体勢を崩した状態でシャッターを切ったのだからロクなものが映っているはずがない。再び写真を撮ろうと立ち上がろうとするが、兼一が義圭の体を全力で押さえているせいで立ち上がることが出来ない。
そうしている間にも錫杖の音は遠くなって行く、やがて、錫杖の音は完全に聞こえなくなった。それを確認した二人はほっと胸を撫で下ろしながら包まっていたタオルケットをぽいと投げ捨てた。
義圭も憮然そうにタオルケットを投げ捨てた。
「何だよぉ、写真撮れなかったじゃん」
「お前なぁ、怖いもの知らずだな」
「この村の人が怖がり過ぎなんじゃないの?」
義圭はスマートフォンの画面を見た。そこに映っていたのは、信じられないものであった。
錫杖を右手に持ち、白装束を纏い、襟足の長い髪型をした何かの姿である。
背の高さと背中の広さから男だと推定される。
「天狗様……?」
義圭はないないと言いたげな顔をし、首を振った。
「村の人なんじゃないの? この山、霊験あらたかそうなパワースポット感あるし、そこで修行する人とかいるだろうし、それっぽい格好しても不思議じゃない」
「違うよ。うちの村にこんなに背の高い人なんかいない」
「天狗神社の宮司さんっぽいけど…… 宮司さんはこんな格好しない」
「じゃ、外部からの人とか?」
「夏休みの初めに、よっちゃんが来てから誰もこの村には入ってないはずだけど……」
「どうしてそんなこと分かるの? いちいち村の出入りなんてチェックしてるの?」
「違うけど…… 小さい村だし、余所者来たらすぐに分かるよ」
一体あの男は誰だったのだろうか。兼一と桜貝は頭の中では天狗様が顕現されたと思い、畏れから体を震わせていた。
義圭はあの男のことを『単なる山奥の行脚をしていた何か』だろうと思い、そう深くは考えなかった。
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