三章 天狗攫い

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義圭は斜面を駆け下り、川に飛び込む寸前まで来ていた。その斜面の道中、何かに躓き転んで回転しそうなところで「何か」を掴み、斜面を疾走した勢いを落とすことに成功した。 その「何か」を掴んでいなかったら、義圭は河原の砂利の地面、もしくは河原に鎮座する大岩に全身を打ち付け、大怪我、いや、命を落としていたかもしれない。 義圭の体は肝どころか全身が斜面を駆け下りた恐怖で冷え切っていた。 恐る恐る前を見れば、目の前に広がるは河原の砂利に大岩。義圭はあれにぶつからなくてよかったと思いながら、ゆっくりと自分が今掴んでいる「何か」を見た。掴んでいたものは注連縄(しめなわ)だった。 しかし、先程上で見た道を塞いでいたものとは違って縄も細く(ほつ)れきっており、紙垂(しで)も上で見たものとは違って付いておらず、より細い縄を簾のように付けた形になっていた。注連縄(しめなわ)の内側には平たい岩が丁寧に並べられており、磐座(いわくら)であることが予想出来た。 磐座(いわくら)。神道における神が宿るとされる岩石のこと。祭祀の際に神が一時的に座る岩。人は神を迎えるために平たく座りやすい岩を用意する。 「この上に天狗様が『よっこいしょ』って座るのかな」 天狗信仰の厚い雨翔村では、磐座(いわくら)は天狗が座する場所とされている。 ケンちゃんも心配しているだろうし、元いた道に戻らないと…… 義圭は元の斜面の上に戻ろうと斜面に足をかけた。すると、川が近く土も草も水分を多く吸っているのか、ずるりと足が滑り落ちてしまう。 つまり、登るのは無理ということである。 登れないのであれば仕方ない、まずは現在位置の確認だ。義圭は山の中腹に見える天狗神社を指差した。 「あそこが天狗神社だから…… そこの近くを流れる川がアレで……」 次に目の前にある川を指差した。川の流れに沿って指を動かす。 「この村、川は一個しか無いよな…… あの川はいつも三人で遊んでいた川に出るから、川沿いを歩けば村に出られると言うことか」 義圭は靄の中を潜りながら、河原の砂利道を歩き始めた。もう昼は過ぎて、日中と夕方の境目の時間となっている。それにも関わらず靄は消えていない。 このまま夕方になっても捜索を続けるのはこちらの身が危ない。 義圭は一旦村に戻ることにした。村に戻れば兼一とも合流出来るだろうと楽観的に考えていた。
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