三章 天狗攫い

18/54
前へ
/137ページ
次へ
 砂利道を歩いて数十分、義圭の目の前には我が目を疑う光景が広がっていた。川沿いに突如現れた大口を空けた洞窟の入り口、その洞窟の入り口を守護するように置かれた天狗の石像郡に圧倒されてしまう。 阿吽の口をした狛犬のような二対の天狗像、迦楼羅を思わせる烏天狗像、七体セットに列を組んだ行脚する修験者を思わせる天狗像、角笛を吹く天狗像、法螺貝を吹く天狗像、など様々な天狗の石像が洞窟の入口に置かれているのであった。 天狗神社の分社か何かだろうか? しかし、こんなものをこれまで毎年夏にこの村に来ていた義圭が知らないのはおかしい。こんなものがあれば兼一か桜貝の誰かが教える筈だ。義圭は一度たりもこんなものがあるという話を聞いたことがなかった。 志津香や紗弥加、母親の友美恵から聞かないのも変な話である。もしかして天狗神社が村人全員に口止めしているのだろうか? 村人でさえも知らない禁足地たる神殿の入り口だろうか? 謎は深まるばかりである。  義圭は意を決して洞窟の中に入ることにした。このまま川沿いを歩いて村に戻るべきなのは分かっている。しかし「天狗攫い」と言う事件の特殊性を考えると、ここは無関係とは思えない。一秒でも早く桜貝を見つけなくてはいけない。 義圭は決意を新たにポケットに入れていた懐中電灯を出して電源を点け、洞窟への一歩を踏み出した。  洞窟内はひんやりとしていた。先程までの霧雨を全身に浴びるような靄の与える寒さと違って、空気そのものが冷たく感じられた。洞窟、とは言うが地底へと下る坂道はなく、ずっとゴツゴツとした岩壁と地面でありながらずっと平地を歩いているような感を義圭は覚えていた。 奥へと奥へと進んでいくと、義圭はあることに気がつく。 明るくなっているのである。太陽の光が入る入口が明るいのは当たり前だ。 そこから少し進み曲がり角を行ったところで、太陽の光が届かなくなり暗い洞窟となる、そのでこぼこな暗がりの道を進み続けると、だんだんと豆電球や風呂場やトイレの照明のような黄色い光が辺りを包むようになり、懐中電灯の光すら不要(いらなく)なってきた。 前に進むにつれて天井が高くなっていく、高くなる天井の壁沿いを見れば夜中の工事現場を照らす鳥かごの中に電球を入れたような作業灯と呼ばれる照明がいくつも付けられていた。この自然洞窟には不釣り合いなものである。 そして、急に場が広がった。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加