三章 天狗攫い

23/54
前へ
/137ページ
次へ
「信じ難い話ですね……」 「私も信じ難いとは思っていたよ。死装束かつ、薬で眠らされたこのお嬢さんの上に、この地下墓地(カタコンベ)を思わせるホトケ様達さえ見なければね」 「薬?」 「睡眠薬なんて生易しいものじゃない。おそらくは手術用の麻酔だ、医者もグルと見て間違いないだろう」 銀男は一応は医者であるため、睡眠薬で眠る者と手術用麻酔で眠る者は見ただけで判別可能である。 「じゃあ、宮司さんは……」 義圭の頭の中に響喜の顔が過る。村の子供達に優しくしてくれたあの人がこんな事をするだろうか。安里の車を放置していた件を考えると怪しく感じてくるのであった。 「私はその宮司さんという人をよく知らないが、この儀式の遂行を狙ってるのは間違いなさそうだね」 「そんな……」 「とにかく、ここから出よう」 とりあえずここから桜貝を連れて逃げないと。義圭は桜貝を背負った。 「背負って出るのかい?」 「それ以外にどうやって運ぶって言うんですか」 「私が入ってきたルートだと、ちょっと出るの厳しいものでね」 「そう言えば銀男さんはどこから入ってきたんですか」 「ああ、それを言っておかないとね……」と、銀男が言った瞬間、再びあの音が聞こえてきた。 シャン! シャン! 錫杖の音である。その音は地下採掘場と言う反響しやすい空間故に反響し、より大きな音として聞こえる。発見(みつ)かるのはヤバい。 二人は辺りを見回し、隠れる場所を探した。すると、部屋の隅に人一人分ぐらいは入りそうな樽が並べられていることに気がついた。 あれだ! 銀男は樽に向かって走り、樽を倒した。樽より人骨が雪崩出る。 「さぁ、君も!」 「えぇ……」 「いいから入りなさい! 君とその子ならギリギリで大丈夫だから!」 銀男は荒げながらも丁寧な口調で言った後に、蓋を拾い上げて樽の中に隠れた。 ええい、ままよ。樽の中の骸骨よ、一旦あなた達が眠っていた樽を借りさせてもらう。 義圭は樽を倒した、雪崩出た骸骨は先程、銀男が見たような「切られた」ものだった。 樽が空になった。義圭は最初に桜貝を樽の中に入れた。そして、自分のスペースが空くように彼女の膝を折り曲げる。義圭はそうして生まれたスペースに、するりと入り込む。予め別の樽の脇に置いておいた蓋を上に乗せ、完璧に樽の中に入り込み、その身を隠した。 息を殺し、樽の中に潜める二人。桜貝は眠らされたままである故にすーすーと寝息を立てていた。 シャン! シャン!  錫杖の音に混じり、何かを引きずる音が聞こえる。一体、この部屋に誰が入ってきたのだろうか…… こんな時でありながら、義圭の頭の中には何が来たのかを確かめずにはいられなかった。 義圭は指先で僅かに蓋を持ち上げて、蓋と樽の間に僅かな隙間を作った。 その隙間から見たものは、我が目を疑うものであった。義圭にとっては三年ぶりに見る「あいつ」の姿である。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加