三章 天狗攫い

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どさり ポリバケツの中から「何か」が出される重量感のある音が聞こえてきた。 義圭はその音の方に目を向けるために首ごと動かした。その目線の先には血まみれの手、その手の先端にはキラキラと光るラメの入ったネイルが輝いていた…… 昨日、安里との別れ際、彼女が手を振った際に見たものである。 その後ろ側には断末魔の表情で固まった安里の首があった…… その首に被さるように血まみれの足が切られた大根のように転がっていた……  インターネットで無思慮に画像をクリックしてしまい、いわゆる「グロ画像」と言うものを見てしまった時の体中が冷えて胸がせり上がりドキッとする感じ。それを何十倍にしたようなものが義圭の胸に襲いかかってくる。 既に胃液と化して消化にかかっていた朝食と、昼前に兼一と共に飲んだラムネが一気に喉を遡上してくる。しかし、ここで物音(嘔吐音)を立てるわけには行かない。あんな風に極めて残酷に人を殺せる奴に発見(みつ)かった時点で殺されるのは間違いない。左手で口を押さえて必死に吐き気に耐え、頬に溜まっていたものを飲み込み返す。 「Timeo…… timeo…… tumiltus」 天狗は一度出した安里の遺体を砂集めのように再びポリバケツの中に入れ、蓋を閉めた。蓋からはみ出た安里の血が染み付いた髪の毛がだらりと垂れ下がり、血の雫がポリバケツの青を紫に染めていく。 何をしているのかは分からないが、あの天狗が「イカレてる」のは間違いない。樽の中でそれを見ていた二人の共通認識である。 「nomen mihi canis aether…… dues mater ered…… bene! bene!」 天狗はもう一度天井の穴から差し込む光を見上げた後、踵を返し、錫杖を地面に突きながら何処かへと去っていった。 錫杖の音が遠くなっていく…… その音が完全に消えたところで義圭は気が抜けたのか、樽に入ったまま倒れ込んでしまった。そして這うように樽の外から出る。それから、糸の切れた人形のようにだらぁんとした桜貝を引きずるように外に出した。
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