三章 天狗攫い

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亡骸を全て端に寄せると、銀男は外に待たせていた義圭を中に呼んだ。 「なるべく部屋の隅は見ないように」 義圭は銀男の一言であばら家の中に何があるのかを察してしまう。 中に入り、部屋の隅に寄せられた亡骸を見ないようにして中央のテーブルに腰を下ろした。その際に近くにあった長椅子に桜貝を乗せる。 テーブルに座った瞬間、義圭は大きな溜息を()いてしまう。ひんやりと冷たい空気にも関わらずに額から汗を流していた。 「お疲れさん」 義圭は息を切らしながら、何も言わずにコクリと頷く。 「君が落ち着いたら、すぐに出るよ? このお嬢さんを背負うのは、私が変わろう。どうやら、力は私の方がありそうだ」 それを聞いた義圭は首をブンブンと振った。最後まで自分が桜貝を運びたいと言う意思表示である。 「出来れば君に先導者(ポイントマン)をしてもらいたいのだが…… 道を知っているのは君なんだし…… いつでも変わることだけは覚えておいてくれ」 子供の意思を尊重するのも大人の役目。銀男は桜貝を背負う役目を奪うようなことはしなかった。 義圭は自分の心臓に触れた。これまでにないぐらい早い心臓の鼓動を感じる。心臓が耳元にあるのではないかと思うぐらいに激しい鼓動であった。 少しずつ少しずつではあるが、心臓の鼓動が落ち着いてきた。俯いていた顔を上げて見えたものは警察官、秦仁志の惨殺死体であった。 「あの亡くなった方…… 警察官ですよね?」 「激しく、戦ったのだろうね。警察官の鑑とも言える方だよ」 銀男は警察手帳を義圭の目の前に置いた。義圭は上開きの警察手帳を開き、名前を見た瞬間に驚愕し、椅子から転げ落ちた。 「どうしたね?」 「この人、ぼくの伯父さんです。秦仁志、会ったことはないんですけど……」 「君の伯父上かね? 間違いないのかね?」 「はい、伯母や従姉妹の姉から警察官だったと聞いています」 「君の家の表札も『秦』だったね」 「伯父さん、天狗攫いに遭ったんです……」 「大人も天狗攫いに遭うのかね? てっきり子供だけかと」 「僕の母も、25歳ぐらいで遭ったと聞いてます。この娘、桜貝のお母さんも、桜貝を生む前に遭ったとかって」 「大人の天狗攫いか」 分からないことだらけで謎は深まるばかりである。銀男は頭を抱えた。 しかし、この絶体絶命の状況で頭を悩ましている暇はない。 さて、騎士(ナイト)くんの疲れは取れただろうか。それを聞こうとした時、静寂を割く轟音が二人の耳に入ってきた。 その轟音、義圭には聞き覚えがあった。この村に来てからは毎日のように聞いている音だ。 そう、チェーンソーの音である。その音は「何か」を切り刻む、削り裂き切る連続した刃の音が耳を劈くようにあばら家の中に響き渡る。
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