三章 天狗攫い

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とにかくここから離れよう。義圭は桜貝を抱き上げ、あばら家を出た、銀男もそれに着いていく。二人は走った、宛もなく迷路を走った。 そしてついた場所は迷路の中央にある広場、元は採掘場の中央広場であった。二人は息を切らし、その場にぺたんと尻から座り込んだ。 「全く、死ぬかと思ったよ。ブギーマンなんて生易しいもんじゃない、あれはレザーフェイスだ」 「洒落になってませんよ」 「ホントだよ。不意とは言え、奴を怒らせてしまった…… 間違いなく次は本腰入れて殺しに来るだろうね」 「すいません」 義圭は俯いて申し訳無さそうな顔をした。銀男はそれを慰めるように、義圭の肩をぽんぽんと叩いた。 「いや、私を助けるためにやってくれたことだ。気にすることはない」 「すいません、気使ってもらって」 「適当に走って逃げてしまったけど…… ここは君が通ったコースかい?」 「違いますよ…… こんな場所も道も知りません」 「やれやれ、天狗(レザーフェイス)に追われながら、迷路の謎解きか。ミノタウロスの迷宮よりハードだね、こりゃ」 「またギリシャ神話ですか」 「英雄テセウスでもなければアリアドネの糸も無し。白旗でもあげますかな」 銀男はこう言いながら左手を壁についた。 「迷路なんてものは左手に壁を付いて歩けば出口に出られるもんだ」 銀男が日本に来た当時、バブル経済期であった。その時、アミューズメント会社は次々に全国各地に大迷路と言う施設を作っていた。その大迷路の攻略法は「左手をつけて歩くこと」である。銀男は治療の間に連れて行ってもらった大迷路のことを思い出していた。 迷路を進み行く二人、そうしているうちに少し高い橋状の通路の上に辿り着いた。その通路の上からは先程のあばら家が見える。二人は身を低くし、そのあばら家を見下ろした。 「まだ、あそこにいますかね?」 「さすがにもう出ているだろう」 銀男はあばら家の斜向いを指差した。その先には袈裟斬りにされた天狗像が転がっている姿が見えた。 「八つ当たりみたいな感じでチェーンソーを振り回したようだね」 「ああはなりたくないです……」 「当然だ」 その瞬間、激しい音が聞こえてきた。チェーンソーの唸るような音ではなく、バイクのエンジン音のような連続した細かい唸りの音だった。 どこから聞こえてくるのか? 二人は辺りを見回した。だが、その音の元と思われるものは見当たらない。二人が不安に思っていると、更に耳を疑う音が聞こえてきた。
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