三章 天狗攫い

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 二人が川沿いを歩いても歩いても迷宮に戻るための階段は見つからない。 そのまま壁を登ればすぐなのだが、日本の城の石垣を思わせる網目状に積まれた壁を登ることは義圭には出来ない。網目や割目(クラック)に指を引っ掛ければ登れないことは無いが、ボルタリングやフリークライミングの熟練者でなければ登れないぐらいに角度のある壁だからである。  やがて、流れる川の源流と思われる地底湖の前に辿り着いた。天井のドーム状の岩に僅かに空いた日の差し込む光、その光は冷たく澄んだ湖面を青く光り輝かせていた。義圭はこんな時にも拘らずにその美しさに心を奪われていた。 銀男はそんな義圭に提案を行った。 「みんな、擦り傷とかでボロボロですし、傷口洗う程度の応急処置でもしておきましょう。特にこのお嬢さんはこのままにしておけない」 心療内科医とは言え医者、銀男は慣れた手付きで桜貝についた傷の手当てを行う。腕についた大きな打ち傷は銀男のよく洗ったハンカチを巻いて応急手当を施した。 二人の応急処置は擦り傷にこびり着いた土や泥を水で流す程度の簡易的なもので終わった。 「この先、何があるかわからんから水持って行きたいね」 義圭は両手を広げて無言で「何もないです」と言った。こんな状況であれば仕方ないかと考えた瞬間、義圭に電流が走った。 「あの、これ使えたりします?」 義圭はポケットから財布を出して、その奥で使用される目処もなく眠っていた「もの」を出した。 普通なら「ふざけるな!」と、怒られる代物である。だが、銀男はそれの利便性を知っており、サムズアップで返事を返した。銀男はビニールの包みからコンドームを出して フーフー と、空気を入れた。そして、川の中に入れて水を入れる。 「あの、ここの水ちょっとアルカリが強くて温泉に近いらしいですよ? 溶けたりとかは?」 「大丈夫だよ。内側も外側もそれっぽい液体に晒されることを想定して作ってる。弱いのは外部からの衝撃ぐらいだ」 さすがにお詳しい。義圭は軽く笑った。川から出されたコンドームは縦に長い水風船のように膨れ上がっていた。大きさにして1リッターのペットボトルと同じぐらいである。 「これで大体1リッターだ。これ以上も余裕で入るけど、持ち運びの利便性を考えて、もっと量は減らすね」と、言いながら銀男はコンドームの口を縛った。大きさは縁日の水風船を一回り大きくした程度に留められている。 「なんか、サバイバルキャンプみたいですね」 「天狗(レザーフェイス)のせいで最低最悪のキャンプですよ」 銀男は水の入ったコンドームを義圭に手渡した。そしてそれをアウトドアパンツの腿のポケットにねじ込んだ。  この手の採石場であれば、採掘機材が土で汚れるのは間違いない。 その汚れを落とすのに水を使っていたと予想される。その水を上の村から態々持ってくるには手間がかかる。となれば、この川や地底湖の水を使っていたに違いない。ならば、川と採石場を行き来する方法を確保していたはずである。 そう考えた二人は、行き来する手段を探しに上流に向かったのだが……  どうやらハズレのようで、そのような道はない。 義圭は何ともうらぶれた気持ちで踵を返した。その瞬間、壁の保護色に隠れてよく見えないが、白木造りの扉が目に入った。 「あるじゃん」 義圭は喜び勇んで扉に走り、扉に手をかけた。扉の先には石造りの階段が鎮座していた。 「それで、ここから上に戻れるんですか?」 「多分…… ね」
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