一章 天狗の仕業

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一章 天狗の仕業

 藤衛義圭(ふじえ よしきよ)は幼少の頃の夏休みには毎年、田舎にある伯母の家に預けられていた。  その田舎、雨翔村(あめかけむら)は周囲を山に囲まれ、他地域から隔絶された過疎の村であったが、人口数千人を維持し、何とか小さな村としての(てい)を保っていた。 テレビのチャンネルも少ない、電波局も無いのでスマートフォンも圏外、インターネットも当然通じている訳がない。  根っからの都会っ子である義圭はこのような田舎での暮らしに退屈を持て余し、都会の友人に見せびらかすためのカブトムシを取りにかぶと狩りに精を出していた。  雨翔村暮らしで友人になった腕白者曰く「カブトムシは夜に蜜を塗って朝獲りに行くのがいいぜ」と、教えられた義圭は夜のうちに裏山にあるクヌギの木の皮に蜂蜜を塗り、一晩待つことにした。近所の鶏が鳴き朝を知らせる、義圭はがばりと寝床から起き上がり、虫取り網とプラスチックの網製の虫籠を肩に掛けて、まだ朝靄も消えぬ山道を走り、蜜を塗ったクヌギの木に向かって走っていった。 クヌギの木には夥しい数の甲虫が張り付いていた。カブトムシ、クワガタムシ、カナブン…… よりどりみどりであった。義圭は喜び勇んで出来るだけ大きな甲虫を虫籠に入れる。このような甲虫なぞデパートのペットショップでしか見たことがない義圭にとっては驚くばかりであった。田舎から返ったら学校に持って行って友達に自慢してやろう。そんなことを考えながら朝靄も消えぬ山道を下り伯母の家に戻ろうとするが、紫とも白とも言えない色をした朝靄が義圭の視界を奪い、これまで通った道とは違う道へと導くのであった。  山奥で迷子…… いや、遭難と言った方が良いだろう。右も左も分からずにひたすらに道を歩き続ける義圭は道に迷う。真夏とは言え、早朝の山奥は極めて寒い。 柔らかくも厳しく纏わりつく朝靄の冷気が、義圭の体温をじわりじわりと奪っていく。そのあまりの寒さに義圭はその場に足を止めてガチガチと全身を震わせた。義圭が空を見上げれば、山の木々より入る木漏れ日が目に入る、だがその木漏れ日は義圭にぬくもりを与えるなどという優しいことはしなかった。 義圭は寒さに絶え、手を擦りながら震える体を奮い起こした。未だに脛毛も生えない細い足を動かし、必死に知っている道を探し求める。だが、どれだけ歩いても知っている道には出ない。義圭は不安になると頻尿になる体質故に、道中で何度も立小便をするが、尿意は収まらない。挙句の果てに、尿道がびくんびくんと痛くなる程にまで症状は悪化していた。  義圭は12歳でありながらあまりの不安に押しつぶされ、朝靄に包まれた山道の真ん中で赤子のように泣き叫びそうになっていた。 伯母の目を盗んで早朝からかぶと狩りに行った自分の愚かさを呪ってももう遅い。朝食までには帰ってこられるつもりであったため、当然腹は空きっ腹だ。朝靄で体が冷えている上に、不安からの頻尿で尿道が痛い、そして空腹。 義圭のコンディションは最悪であった。
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