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キャストオーディション
「川口組」の中で演技が好きな二人の少女がいた。
一人は沢野晴海。地域のミュージカル教室で本格的に演技の勉強をしている。小学校のミュージカルクラブでは二年連続主演を任される実力派。
もう一人は牧田環奈。放送委員の委員長。昼休みに朗読劇を披露するなど、その語り口の上手さは学年誰もが知っている。
二人は同じ「川口組」同士仲は良いものの、お互いをライバルと認識していて、クラス内の練習でも火花を散らして迫真の演技でクラスメイトを圧倒していく。
二人の気合い、配られてたった一週間で書き込みやマーカーだらけの台本、真剣な演技の応酬に釣られて、クラス全員が小さな劇団のようにみんなが出来る限り精一杯の演技をしていく。
学年全体のキャストオーディションで「川口組」は、キャストの7割をかっさらっていった。小学6年というと、気恥ずかしい気持ちが先に立って、演技なんて照れ臭いとなってしまう。
ところが「川口組」の子ども達はみんな、上手い下手にかかわらず、真剣に感情を籠めて演技する。
その中でも主役に立候補した沢野晴海と牧田環奈の一騎打ちは、学年全員がお喋り一つせず、固唾を飲んで見守る迫力だった。
劇は和物。あらすじは、我が儘放題のお殿様が、家臣に無理難題を次々ふっかけ、最後は仏様まで怒らせて赤ちゃんに戻されてしまい、それを爺のようにお殿様を育ててきた家老が、もう一度君主として相応しき人にお育てしますと涙を流しながらあやすシーンで幕を閉じるというストーリー。
主役のお殿様役を二人が熱演する。
「組長」の川口先生も、あの堅苦しい松本先生も、ちょっと冷めている金森先生も、二人のガチバトルから目を離せない。
三人の先生達が長い間話し合ってから、学年主任の松本先生から主役と準主役の配役が発表される。
残っているのは、主役のお殿様と最後のシーンを締めくくる準主役の年老いた家老。
松本先生は深呼吸してから、
「二人ともよく頑張りました。沢野さん牧田さんどちらも主役にと思うほどでした。ただ、沢野さんは身ぶり手振りを入れてもう着物を着ているような動きで素晴らしい。やはり主役は沢野さんです。でもですよ、目を閉じて台詞だけを聞いていると牧田さんの感情の籠め方は沢野さんより上手だと思いました。だからこそ最後のシーンで長台詞があり、その場面では身動きが出来ない準主役の家老役を牧田さんに任せたいのです。二人ともお互いの良い所を認め合って小学校最後の学芸会の劇を最高のものにしてください」
松本先生の解説は見事だった。それまでバチバチと火花を散らしていた、沢野晴海と牧田環奈の二人が、お互いにどちらともなく手を差し出して、ガッツリ男っぽい握手を交わす。この二人は役が乗り移ったかのように、普段の所作までどこかボーイッシュになっている。
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