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喧嘩
順調に進んでいた学芸会の劇の練習が、ある日を境に険悪な雰囲気に変わった。
主役の沢野晴海と準主役の牧田環奈が、掛け合いの台詞回しを巡って喧嘩になった。
「環奈ちゃん、違うよもっとテンポ良く滑舌良く話さなきゃ」
沢野晴海が牧田環奈にダメ出しすると、
「晴海ちゃんはこの台本をわかってない。ここはもっと間を置いてお互いに考え込んでるように演じるんだよ」
牧田環奈は沢野晴海に言い返す。お互いに自分の意見を曲げずにだんだんヒートアップしていく。そして沢野晴海がとうとう、
「私に主役取られたからってイチャモンつけないで!」
マジギレすると、牧田環奈も負けじと、
「脇役あっての主役だよ?いつも主役ばかりで受けの芝居も間の取り方も知らないくせに!」
ここぞとばかりに言い返す。沢野晴海は泣きながら、
「地域のミュージカルではいつも脇役だし、間の取り方も間違ってない!」
絶叫するようにわめき散らす。牧田環奈もわんわんと泣き出してしまい、稽古が止まる。
川口先生が体育館の舞台の下から上がってくる。そして、沢野晴海と牧田環奈の側まで行き、
「ねえ、二人とも自分達しか見えてないと思わない?この劇は二人だけじゃなくて、学年の全員で作るんだよ。先生はこう思うの。テンポ良く早口で二人の掛け合いをするのもいい。考え込んでいるように本当に台本なんて無いように見せるのもいい。問題なのは、その後のシーンで他の役の子達がお芝居を繋ぐときに、どっちがやりやすいかじゃない?」
泣きじゃくっていた沢野晴海と牧田環奈が、ハッと我に返ったようにお互いの顔を見合せる。そして沢野晴海が、
「環奈ちゃん、ごめんね」
そう言うと、牧田環奈も、
「晴海ちゃん、私こそごめん」
二人はお互いに謝ると、どっちの台詞回しが次に続くシーンに合うのか、協力して両方試していった。
二人と他のキャスト達が出した答えは、台詞の間を取りすぎると台詞を忘れてしまう子がいるから間は取りすぎない、かといって滑舌の良い喋りは全員が出来る訳ではないので気持ちゆっくり喋るという、二人の意見の折衷案みたいな所に落ち着いた。
練習が終わる頃には、晴海と環奈が、
「なんだ、二人ともいい線行ってた意見だったんだね」
さっきまでの喧嘩が嘘のように笑顔になっていた。
川口先生が、
「二人ともお芝居に真剣だから喧嘩するんだろうね。でも他のみんなを置き去りにしちゃダメ」
一息つくと、晴海と環奈はハモったような声で、
「はーい」
と元気良く返事をしていた。
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