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スポットライト
学芸会当日、劇は順調に進んでいった。
小学校最後の学芸会でみんな気合いが入りまくっている。
喧嘩した例の掛け合いシーン。
晴海はいつもより身ぶり手振りが本格的で、歌舞伎の見栄を切るような仕草をアドリブで入れる。
スポットライトの光の下できっちり決まる。客席からは割れんばかりの拍手。
ところが次の歩くシーンで、袴の裾を踏んでよろけてしまう。
そしてなんと…。晴海のお殿様のかつらが舞台の床に落ちる。
客席は一転大爆笑。晴海は突然のアクシデントにまごまごしてしまう。
家老役の環奈がアドリブでとっさに助ける。
「殿、お戯れが過ぎます」
床に落ちたかつらを拾い、客席に背を向けて晴海の頭に被せて、
「大丈夫だよ、晴海ちゃん」
晴海にだけ聞こえるように小声で話しかける。晴海は小さくうなずくと、何事もなかったように台本に戻り掛け合いの続きに入る。
見事な掛け合いに客席の笑いはピタリと収まる。そして、なんとか幕間になり、最後の家老一人のシーン。
環奈は落ち着いていたつもりだった。
練習ではおくるみの中に人形を入れている。仏様の怒りを買って赤ちゃんに戻された殿に話しかけるシーン。
客席からは人形だとはわからない。だから、本当に赤ちゃんをあやしてるかのように見せなければいけない。
ところが、おくるみの白い布が滑って、環奈は中の人形を落としてしまう。
環奈の頭は真っ白になる。
客席からは大爆笑が聞こえてくる。
どうしていいかわからず、環奈は袖を見る。晴海がゼスチャーで私を出せと伝えてくる。
ラストを変える…。
環奈は袖にいる晴海に目配せした。
環奈は人形を拾い上げると、
「仏様はなんと、なんとお優しいことか。殿は赤子に戻されてなどおりませぬ。ああ、良かった、本当に良かった」
晴海がいる上手袖に環奈は走りよる。
そして、環奈を連れてスポットライトの光の下に戻る。
「殿、ご無事でしたか。爺は嬉しゅうございます。まっこと嬉しゅうございます」
アドリブで付け足すと、晴海が乗ってくる。
「すまぬ。家臣たちの苦労も知らずにわしが愚かであった。これからはそなたたちの忠義に報い、そして神や仏への信心も忘れまい」
「殿、ご立派になられましたな。ああ、なんとめでたいことか。今宵は宴じゃ宴、皆のもの仕度をいたせ」
そこから先の台詞がない。それを見届けた川口先生が幕を下ろすように合図を出す。
緞帳が下りる中、晴海と環奈は抱き合って泣いていた。
「どうなるかと思ったよ」
晴海が言えば、
「私こそ最後の最後にやっちゃった」
環奈も号泣している。
川口先生が二人の頭を撫でて、
「二人とも最後まで劇を投げ出さずによく頑張った、そして支えたみんなは偉い!」
嬉しそうに目を潤ませていた。「組長」こと川口先生の涙がきらきらと光っていて、6年全員が泣き出してしまった。
アクシデントだらけの劇だったけれど、気がつけば松本先生はハンカチで目頭を押さえて泣いてるし、ちょっとひねくれてクールな金森先生は、涙をこぼさないように上を見上げている。
きっとみんな忘れないだろう。この日、全員の涙が体育館の舞台袖の上手で光り輝いていたことを。
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