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雪が深々と降りしきるなか、私はいつものようにひとり街を歩く。
紅葉が眩しかった秋は去り、あとには寂しさだけが残っていた街路樹にもイルミネーションが飾られ、街はすっかりクリスマス色に染まっている。
重たい買い物袋を持って家に戻ると、いきなり怒号が飛んでくる。
「遅かったじゃないか。洗濯はどうなってるのさ。さっさとやりなっ」
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ぽすっとベッドに飛び込む。休日はいつもより一日が長く感じられる。
さっき、家のひとがみんな眠ったのは確認した。義母の亜美さんも、義妹の真奈さん、瑞恵さんも。時計を見やると、その針は午前0時過ぎを示していた。
「私も一時間ぐらい勉強したら寝よ……」
私にとって、彼女たちが寝た後が勉強時間である。日中に勉強して誰かにばれでもしたら、
「勉強なんてしなくていいよ。あんたは中学を卒業したら働くんだからね。それよりまだまだ家事はあるんだから、そっちを優先しなさい。ほらはやく」
などということを言われかねない。そればかりか、殴られたり蹴られたりもするだろう。それだけは避けたい。
……そう思うと、庭の物置を私の部屋として与えてくれたことには感謝である。ここなら、ばれることはまずないのだから。
そういえば、とカレンダーを見る。今日は何日だっけ。
12月10日。クリスマスイブまでちょうど2週間。
クリスマスプレゼントをもらえるなんて思っていない。思っていないけれど。
少しだけ、淡い期待を抱くだけならばいいでしょう……?
それから2週間は驚くほどいつも通りに、でも飛ぶように過ぎた。
街には陽気な音楽が流れ、彼氏彼女で溢れている。サンタのコスプレをした綺麗な女性が、街頭でいろいろなものを売っている。
街が、きらきらしている。
笑顔で溢れている。
それに、今日は家のひとは皆クリスマス会や友達とのディナーに行くらしい。
つまり、今日はひとり。学校帰りに珍しく寄り道して、夜になっても街の賑わいを楽しんでいるのもそのためだ。思わず笑顔がこぼれてしまう。ぴょんっとジャンプして、先に着地した左足を軸にターン。ふわり、とスカートが揺れる。
その様子が、やはり私の気分を盛り上げる。スキップで家に向かう。
がちゃがちゃっ。
「あっ……」
しまった。忘れてた。家のひとがいないということはつまり。
「家、開いてないじゃん……」
多分家のひとはしばらく帰ってこないので、とりあえず部屋に行ってみる。
てっきり家に帰れるものだとばかり思っていたから、お腹が空いたときのための対策をしていない。
お金もない、食料もない私にできる唯一のことは眠ることだけだ。
凍てつくような寒さと空腹が私の眠りを妨げているが、眠れることを信じて目を閉じる。
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がさがさ、と立てられた物音に目を覚ます。
赤い服を身にまとった男性と目が合う。
「サンタさん……?」
今考えると、彼はおおよそサンタさんというような風貌ではなかった。
見た目は30代前半で、よくあるようなひげや白髪はなく、髪の毛は疑いようのないほど黒い。すらっとした背の高さは倉庫にはまらず、少し身をかがめていた。
それでもサンタさんだと疑いもせず受け入れてしまったのは、きっと寝起きで意識が朦朧としていたからだろう。
「どうも、サンタさんでーす。本来ならおもちゃとかを置くとこなんだけど、今日の僕はブラックサンタさんだよ。君をさらいに来ましたー」
彼はにやり、と笑うとぽかんとしている私を抱きかかえた。
そしてそのまま部屋のドアに手をかける。
外には、馬が一頭いるだけだった。
「僕の移動手段は馬なんだ。ちょっと辛抱しててねー」
初めて乗った馬に感動していると、突然それがふわっと浮いた。そのまま駆けるように、馬はますます高くへと登ってゆく。
街が一望できるような高さまで来ると馬は上昇をやめ、空中を歩きだした。
さっきはキラキラと輝いて街を照らしているように見えたイルミネーションは、上から見ると大胆に咲きながらそれぞれの輝きを大事にしているように映った。
頬を何かが伝う。それは、一滴流れ落ちると何かが切れたかのように次から次へと溢れ出した。
「あ、あれ……おかしいな。今、とても楽しいはずなのに」
あはははっと笑ってみるが涙が止まる気配はない。
「ごめんね」
『サンタさん』がぽつり、とそう言った。
「え?」
「ごめんね。もっと早くに助けに行きたかったんだけど。他のサンタから猛反対を受けてさ……。ひとをさらうのはサンタとしてどうなんだって。特に僕みたいな新人サンタがそんなことをするなんて、って」
さっきまで軽い口調で悩みなんてなさそうな雰囲気だったそのひとは、すっかり様子が違って見えた。
「昇進するのに、8年もかかっちゃった……。他のサンタを説き伏せるためには、サンタ業界のトップになるしかなくて……。本当に、遅くなってごめんね……」
「いえ……、いえ。いいんです。最後にいい夢を見せてくださってありがとうございます。ほら、街のひとたちを見てください。皆あんなに笑ってる。私も、笑ってる。それなのに、あなたが沈む必要はどこにもないんですよ」
何かを吹き飛ばすように、ふはっと彼が笑う。
「君は泣き笑いだけどね」
「む、うるさいですよ」
顔を見合わせる。時間が止まっているように感じる。風の音さえも聞こえない。
「「ありがとう」」
ただ、きれいに重なったふたりの声だけが聖夜の空に溶け込んで消えた。
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