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冷たいですか
「奥様のことですが」
「はい」鳴海は医師を見上げた。
「後遺症の症状が現れることもありますので、経過を見る必要があります。場合によっては、通院の可能性も出てくるかもしれません」
「先生、どうすればいいでしょうか」
鳴海の問いに少し首をかしげた医師は口を開いた。「お子様のことですか?」
「はい」鳴海は頷いた。医師は一度窓の外に目をやってから小さく息を吐いた。
「むろん隠し通すことは出来ません。縁起でもない話ですが、奥様がもうだめな状態でお子様の心配をされているなら、助かりましたと伝えてもいいでしょうが、今はショックを与えない方がよいかと思われます」
「そうですね」最善であるか否かは別として、それより方法はないだろう。
「ちなみにですが、高圧酸素の治療は数日続けます」
「数日ですか? 妻は娘の葬式に出られないのですか?」
「回復次第ですが、無理かと思います」
「分かりました。ありがとうございました」鳴海は両手で顔を覆った。
「ご遺体をきれいにしたら霊安室にお移しします。お会いにいけそうですか? 心の整理はつかないでしょうが葬儀社のリストもありますので」看護師が告げた。
「選ばなくてはなりませんか」
「料金も違いますのでそのほうが良いかと思います。手頃な業者さんをこちらで指定しても構いません」
「じゃあ、それでお願いしていいですか」
「分かりました。ご主人の体調も万全ではありませんので、明朝の搬送がいいかもしれません。詳しくは葬儀社の担当と相談して下さい」
「冷たいですか」
「はい?」
「霊安室は冷たくはないですか。すみれが」なんと愚かしい質問をしようとしているのだろう。それでも訊かずにはいられなかった。「すみれが、寒がりませんか」
看護師は気の毒そうに俯き、口を開いた。「霊安室──ですから」
寝返りを打ち布団に顔を埋めた。堪えてもかみ殺しても嗚咽が漏れた。
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