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杉浦の経歴
「中尉、最後にひとつ訊いておきたいのですが」
「はい、なんでしょうか。ひとつとは言わずいくつでも」笑った鳴海に穴沢少尉はすこしかしこまった。
「中尉は、その、何というか──飛行第64戦隊にいらっしゃったのですか?」
穴沢の言葉にふっと笑った。
「多少操縦が上手くて隼に乗っていたら、加藤隼戦闘隊ですか。誰かに聞きましたか?」
「いえ。誰というのではなく、みんながそう噂しています」
「それは残念でしたね。僕は59戦隊にいた人間です。ひとつ言い訳めいたことを許してもらえるなら、一番最初に隼を装備したのが僕たち59戦隊です」
「もちろん知っています! 64戦隊と共に華々しい戦果を挙げた、あの59戦隊の方でしたか! 道理ですごい飛行技術なわけですね」
「まぁ、華々しかったのは最初の方だけですがね」
「こんなことを訊いて怒らないでください」
「いえ、何なりと」
「そんな腕利きのパイロットがなぜ特攻に」
鳴海は頬を膨らませて息を吐いた。
「そうですねえ、どこから説明したらいいのでしょうか──戦闘機乗りとしての経歴から行きましょうか。長くなりそうですが」
「ぜひお聞かせください」
「はい。最初は満州でした。2枚プロペラの九七式でした。脚の引っ込まない下駄履きですが、操縦が楽な上に旋回能力もずば抜けていて、玉も狙い通り当たるいい戦闘機でした。
その後はノモンハンでしたが、大した戦果は上がりませんでした。隼に乗り換えて、仏印コンポントラッシュに行きました。64戦隊と共にマレー上陸戦支援をし、シンガポール攻略、パレンバン侵攻、ジャワ島攻略にも参加しました。ニューギニアでの戦いは苦しいものでした。多くの有能なパイロットが命を落とし、再編のための撤退を余儀なくされました。
皆が一式三型の隼に乗り換えましたが、僕は頑なに二型に乗り続けました。ご存知のように三型の方が速いのですが、僕の癖も知り尽くしている戦友ですからね。ちなみに上昇力は二型が上回っています。軽いですからね。
それから本土防空任務につきました。そして4月からここ知覧に来たのです。特攻機の掩護と突入経路の確保のためです」
「そうでしたか──それがなぜ特攻に?」
「群がるようにグラマンが飛んできました。隼衰えたりといえども何機も撃ち落としました。しかし、やられて海に落ちる特攻機が多かった。分かりますか?」
穴沢は申し訳なさそうに首を傾げた。
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