1

1/1
前へ
/6ページ
次へ

1

 春香(はるか)は秋彦(あきひこ)とケンカをしていた。  そのキッカケは、まさしく犬も食わないような他愛の無い口喧嘩だったので、春香自身も忘れていた。  秋彦も忘れているはずよ。  春香は手前勝手にそう考える。  秋彦とは恋人同士の関係。それも一年過ぎると、高校の同級生の間柄時分の恋愛経験の若いカップルなら、つまらぬ原因一つで仲違いの理由になりつつある頃。やれ、食事中のナイフの使い方が気になる、とか、待ち合わせの時間を五分遅れた程度で機嫌を損ねる、とか。  秋彦が私の話を聞かず、視線は他の女の子とかにいってる、とかね。 とどのつまり、そんな春香の嫉妬心から大抵は、初々しい二人の弱々しい痴情のもつれは始まる。  一方、今回はそのケンカの端緒は覚えていないとも、もやもやとではあるが自分の方から謝らなくてはならないのではないか、とも熟考していた。特にその理由はないが、ケンカをした後、だいたい先に折れて謝ってくるのは秋彦の方だから、今回ぐらいは自身の側から頭を下げるのもアリなんじゃないかと、春香は思っていたのである。  だが、一見すると殊勝な態度の春香の姿勢ではあるが、謝り慣れていない上に謝る理由が分からないので、なかなか自分自身に納得できず、ずっと自室でスマホを片手にベッドの上でゴロゴロと寝返りを打っているだけだった。  こっちから電話してやろうかな。  夕食も終えて腹も充ちている。衣食住足りて礼節を知る、ではないが春香の胃袋の満足感あってか、心、少し凪(なぎ)な状態になり、スマホを握りしめ今にも秋彦に連絡を取ろうとしていたが、徒然についついスマホのアプリに指は向かい、あえて携帯ゲームに気を紛らわせていた。  素直になれない事は春香も、自分自身、分かっていた。それにどうせいつも通り待っていれば、自動的に秋彦の方から謝ってくるというルーティンも。  それでも毎回ケンカする度に春香の脳裏には不安はよぎっている。もし、お互いにこのまま意地を張って仲直りできなくなったらどうしよう、と。  だが、その一抹の憂慮は幸運にも決して現実にはならず、すぐに二人は秋彦の平身低頭によってケンカの幕を降ろし、春香お気に入りのクレープ屋で秋彦に奢らせて一件落着。その展開が予定調和であり、馴
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加