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「たくみさん、いきましょう」
彼女は緩慢な仕草でこちらを振り向くと、まだ少しぎこちない話し方で俺を呼んだ。今の詩織は昔の詩織とは明らかに違う。
だが、その顔は。花が咲いたような穏やかで朗らかな笑顔は、紛れもない彼女のものだった。
――巧君、行こう!
俺は詩織に歩み寄ると、手を繋いだ。いつからだったか、彼女はその手を優しく握り返してくれるようになった。かつてのように。
「今日は本屋に行こうか。詩織は本が好きだもんな」
――また本屋か。詩織は本当に本が好きだなぁ。
いつか見た光景がそこにあった。
詩織の記憶はこれから先もずっと戻らないかもしれない。逆に、ある時ひょっこり昔のように俺を驚かせて悪戯っぽく笑うのかもしれない。
もうどっちだって良かった。記憶なんてなくても、彼女は今もここにいるのだから。
この会話も今目の前にある瞬間も、アルバムの中の一ページのように自分の中に取っておこう。
どんなに世界が移り変わっても、たとえ全てが消えてなくなってしまったとしても、変わらないものがあることを忘れずにいよう。
そうすれば、そこにきっと在るはずなんだ。思い返せばいつだって心の中に。それが永遠という言葉の本当の意味なんだろう。
今、時が止まる――。
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