Time stops now...

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 休日の学校は静かで、校庭には誰もいなかった。付きまとうような夏の暑さが抜けた今の時期は天候が不安定で、あちらこちらに沢山の水溜りを残している。  わざわざ来てくれた先生に挨拶をした。十年振りに会った担任の男性教諭はほとんど変わっていなかったが、目尻の皺や髪に白いものが増えていて年月を感じさせた。  今は半分近く生徒が減ったとか、教員の入れ替わりが多いとか、世間話をしながら教室を巡っていく。変わらない教室もあれば、大きく設備が変わった部屋もあった。俺達が使っていた教室は今は物置になっていた。  音楽室のピアノに触れて、そう言えば詩織はピアノが弾けたなと思い出す。しかし、一度も聞いた記憶がない。試しに鍵盤を押してみたが、メロディですらないただの音の羅列が鳴っただけだった。  図書室に入るとホコリと古い紙の匂いが鼻腔を刺激する。彼女もよく本を借りていたが、一体なんというタイトルだっただろうか。確か幻想小説で、女はこういうのが好きだよなぁと小バカにした気がする。  二人きりにしてもらって、俺達は屋上へと上がった。学校の裏を流れる川に、初秋の夕陽が柔らかに反射してキラキラと宝石のように輝いて見えた。  草の匂いと湿り気を帯びた風が優しく頬を撫で、遠くの高架を二両編成の電車がゆったりと駆け抜けていく。その向こうに横たわる山の稜線は、複雑な緩い緑の波を打って大地へと裾野を広げていた。この雄大な景色だけが変わらずに昔のままだった。  あの夕焼け色の水面に二人一緒に飛び込んでいけたら、どんなに楽だろうかと考える。
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