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夢に夢中になっている間は気が付かなかった。駅前の商店街が、ほとんどシャッターを降ろしていたことを。けして賑わってはいなかったが、子供の頃はここまで寂れていなかったはずだ。
足を止めて改めて周りを見渡せば、何もかもが昔と変わってしまっている。家で飼っていた愛犬ももういない。同級生も、大半はこの地を離れてしまった。両親の変化を見るのが恐ろしい。
それでも、愛する人さえ側にいてくれたら弱い俺も時の流れを受け入れられただろう。他の大勢の人々と同じように、そういうものだと納得出来ただろう。
なのに、その詩織がいない。
俺が見ていない間に、世界はどれだけ変わってしまったんだ?
少し目を閉じている間に何もかもが移り変わってしまって、自分だけが一人取り残されたような気がした。
俺も、詩織も、他のどんな偉大な人間さえも、この世界から見たら浜辺の一粒の砂よりも小さな存在だった。それに気が付いてしまうと、もう何もかもが大きく眩しく見えてしまって、俺は目眩がした。
時が止まればいい。
今この瞬間に、世界が終わればいい。
置いていかれるのが怖い。変わっていくのが怖い。詩織さえいたら、俺には他に何もいらなかったんだ。夢も、憧れも、名誉も、お金も、今はいらない。そんなものが一体なんだというのだろうか。
変化していく時代の中で、共に歩んでくれる人はどんなに優しく貴いんだろう。手を取り合える存在はどんなに大切で愛おしいのだろう。
久しぶりに見た故郷の唯一変わっていない風景。壮大で何もかもを包み込むような空と大地の姿。それらが俺の心に揺さぶりをかけたのか、自然と涙が溢れ出す。
「俺が悪かった。悪かったよ! どんなことでもする。どんな償いだって喜んでやる! だから詩織、目を覚ましてくれ。詩織! しおりぃ……!!」
気が付けば、俺は詩織に泣きついていた。乱暴に抱き寄せて、力の限り締め付けて、幼い子供のように泣きじゃくった。彼女はそれを嫌がったりはしない。むしろ動揺してくれればいいのだ。思い切り叫んで拒んでくれたって良いから。
けれど詩織はマネキンのように、されるがままだった。首は力なく斜め上を向き、無抵抗で虚空を見ていた。その瞳に映っているのは、山の向こうに沈む夕陽だろうか。それとも、情けなく泣き叫ぶ恋人の姿だろうか。
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