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1 ルーンとの出会い
ほんの二年前のこと、ルーンというボーダーコリーの犬が、ハンスの住む木こり小屋にやって来た。
アーレンスの森を抜けた先には牧場があり、そこにはハンスの友人夫婦が住んでいる。牛と羊を飼い、牧羊犬を使って誘導する。彼らの仕事に欠かせない牧羊犬に、子犬が八匹生まれたのだ。
「ハンス、ちょっと飼いきれないから、もう少し大きくなったら、一匹もらってくれない?」
友人の妻がそう言って、羊小屋の隅にいる犬を見せてくれた。
「そうだよ、ハンス。アーレンスの森が平和でも、盗賊でも迷い込んでこないとも限らない。防犯にもいいよ。それに、ボーダーコリーは人懐こくて賢いし、森なら駆け回って遊べる。いいぞ、ボーダーコリーは」
友人にすすめられ、ハンスはその気になった。
ハンスは特に危険を感じたことはないけれど、森には熊やいのししがいる。犬がいれば、危険を避けられるかもともらってきた。それに、一人で暮らしていると少しさびしい。
ときどき森の奥に住む魔女ローレイとお茶をする程度で、友人と会うのだって年に数回、買い出しに行く時だけだ。
「分かった。犬を飼うなら、何が必要かな? いろいろと教えてくれ」
「ああ、もちろん。でももう少し大きくなってからな。親から早く引き離すと弱って死んじまうんだ」
友人は優しい目で、犬達を眺めている。飼えるのなら、彼も全部を飼いたいのだろうということがうかがえた。
そんな優しい友人夫婦がハンスにはゆずってもいいと思ったのだ。光栄なことだと、身が引き締まる思いがした。
「大事に育てるから」
「ああ、ハンスなら家族として扱ってくれるって信じてるよ」
表情にとぼしい友人が、めずらしく笑った。
それから半年後、子犬を引き取った。最初はさびしそうにしており夜泣きもあったが、根気よく世話をするうちに、ハンスになついた。
ハンスは両親から森番の仕事を引き継いでいる。木材を計画的に伐採して、時には植えなおす。この森は狩猟解禁日が決まっているから、それ以外での密猟もとりしまっていた。
その仕事の合間に、子犬のルーンをしっかりしつけて、今ではよき友となっている。
ルーンとは、魔女が名づけた。ルーンというのは魔力を持つ文字のことで、彼女が占いや魔法で使っている。
ハンスが名前に困ってローレイを訪ねたら、「今日は枝が落ちてたから」というよく分からない理由で、ルーンと付けた。確かに枝みたいな文字だが……と複雑な気持ちにさせられたが、ルーンと呼んだらすぐに吠えたので、どうやら彼は気に入ったらしい。
黒と白のふわふわした毛並のボーダーコリーは、今日も元気に外を走り回っている。それでも、ルーンは寝る時はハンスの傍に来たがった。ベッドの上、足元で丸くなって眠っている。
冬の寒さが、ルーン一匹で和らぐようで、ハンスは気に入っていた。夏は少し暑苦しいが、可愛いのでしかたがない。
ルーンが来て、二年目の夏。
木を間伐していたハンスがふと横を見ると、ルーンが熱心に鳥を見つめていた。空を飛ぶのを目で追って、立ち上がるなり切り株からジャンプした。
それを何回か繰り返し、しょんぼりと耳と尾を垂れる。
「もしかして、空を飛びたいのか? ははは、犬には無理だよ。羽がない」
「クゥーン……」
ハンスの言葉が分かったのだろうか。ますますしょげかえるルーンがかわいそうで、つい適当なことを言う。
「がんばれば飛べるかもな」
そしてハンスも切り株からジャンプして、危うく足をひねりかけた。
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