(一)

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

(一)

 (あし)の内側にある薄い皮をひよりという。僕の心の内側にある薄いものは淡い色をした曖昧(あいまい)なものである。そこには不可思議(ふかしぎ)感触(かんしょく)がある。  この気持ちは、恋と()すにはまだ少しだけ遠い。  あの子は僕から遠い。  近くに在ったはずのあの子が遠くに行ってしまうまで、自分の内側にずっと在った薄い透明なものを僕は知らなかった。  透明であったものに(にわ)かに色が付き始めて、(ようや)く僕はその存在を知った。  風の無い日和の下で、ぽたぽたと(したた)る雨はお天気雨だ。空は晴れている。  僕が今乗っている船は日和見により出航した。ぐんぐん岸から離れていき、終いには島がまるで小さく映った日から随分と経っていた。航路は順調のようである。  空気を吸いに甲板に出ると風はなかった。  海上は()ぎ続けていたが、次第にぽつぽつと雨が降り出した。  僕はどうしてか、船内に移動しようという気が起きなかった。  船によって起こる飛沫(しぶき)とその向こうに見える凪をぼうと見比べてる。  それは僕の外側と内側に()み込んでいる感覚に似ているような気がする。だから僕は船内に戻らずに、じっと海を見つめてしまっていた。  一瞬の時あかりに、僕は、僕の内側にある薄いものが新たな淡い何色を覚えた気がした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!