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「しかし、メイド服は私のアイデンティティでもあります。ならいっそ、このままの方が……」
そうして逡巡を重ねていると、不意に部屋のドアが音を当てて開いた。
床を擦るような足音。止まることのないその足音は、やがて蔡未の近くで立ち止まると。
「……さっきから、お前は一体なにをしているのだ?」
「見ての通り、メイド服を着るかどうか悩んでます」
「いや、メイド服ならすでに着ているではないか」
足音の正体である一千夏が当然のように言う。
しかし、一方の蔡未はどこか上の空だった。返事をしたのも、ただ主人の声が聞こえたからそうしただけ。
部屋の中にいる事自体は関係なく、そうするのがメイドとして当然だと思ったからだ。
「……やはり私は、年相応の女子とは少しかけ離れているのかもしれませんね」
「まぁ、それもあながち間違ってはいないだろう。一般的な女子はメイド服なぞ着ないからな」
「年中、着物姿のお嬢様にそれを言われるのは納得できませんね」
そう言って、着物に身を包んだ一千夏の方を振り向く。
急に意識が復活した事に驚きつつも、一千夏はあらためて、蔡未を下から上に眺めた。
「もしかして、宗太との約束に着ていく服をどうするか悩んでたのか?」
「ええ、お恥ずかしい話ですが。しかし、服を変えようにも、どれにすればいいのか皆目見当がつかないのです」
「それで、最終的にメイド服に戻ってきたというわけか」
「……お嬢様。一つ訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
「本当に、私と宗太さんでなければダメだったのですか?」
「うむ、そうだ。二人で出かけたことがないというのもあるが、一番の気分転換は心の底から好いた相手と共にいることだ。それを果たすにはこの人員が最適だと思っているのでな」
なにかとんでもない発言が聞こえた気がしたが、それはひとまず気にしない事にする。
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