3/7
前へ
/955ページ
次へ
「しかし、メイド服は私のアイデンティティでもあります。ならいっそ、このままの方が……」 そうして逡巡を重ねていると、不意に部屋のドアが音を当てて開いた。 床を擦るような足音。止まることのないその足音は、やがて蔡未の近くで立ち止まると。 「……さっきから、お前は一体なにをしているのだ?」 「見ての通り、メイド服を着るかどうか悩んでます」 「いや、メイド服ならすでに着ているではないか」 足音の正体である一千夏が当然のように言う。 しかし、一方の蔡未はどこか上の空だった。返事をしたのも、ただ主人の声が聞こえたからそうしただけ。 部屋の中にいる事自体は関係なく、そうするのがメイドとして当然だと思ったからだ。 「……やはり私は、年相応の女子とは少しかけ離れているのかもしれませんね」 「まぁ、それもあながち間違ってはいないだろう。一般的な女子はメイド服なぞ着ないからな」 「年中、着物姿のお嬢様にそれを言われるのは納得できませんね」 そう言って、着物に身を包んだ一千夏の方を振り向く。 急に意識が復活した事に驚きつつも、一千夏はあらためて、蔡未を下から上に眺めた。 「もしかして、宗太との約束に着ていく服をどうするか悩んでたのか?」 「ええ、お恥ずかしい話ですが。しかし、服を変えようにも、どれにすればいいのか皆目見当がつかないのです」 「それで、最終的にメイド服に戻ってきたというわけか」 「……お嬢様。一つ訊いてもいいですか?」 「なんだ?」 「本当に、私と宗太さんでなければダメだったのですか?」 「うむ、そうだ。二人で出かけたことがないというのもあるが、一番の気分転換は心の底から好いた相手と共にいることだ。それを果たすにはこの人員が最適だと思っているのでな」 なにかとんでもない発言が聞こえた気がしたが、それはひとまず気にしない事にする。
/955ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加