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「私が宗太さんを好いているかはともかく……宗太さんと出かけたい方は、他にいくらでもいるのでは?」
「それは舞冬や秋衣のことを言ってるのか?」
「……あとはお嬢様もです」
ボソッと、蔡未がそう呟く。
だが、その呟きは一千夏の耳には届いていなかった。
というか、思慮にふけるような表情のまま微動だにしなくなっていた。端正な見た目も相まって、その外形はさながら静謐さをたたえた人形のようでもある。
数秒の間の後、ようやく一千夏は口を動かすとーー
「もしや、蔡未はバカだな?」
決めつけが過ぎる一言。
「いきなり暴言を吐かれて絶賛、困惑している次第なのですが」
「困惑しているのはこちらの方だ。お前の性格はわかっているつもりだが、そこまで頭を悩ませる必要はないのではないか?」
「ですが、やはりそうしてしまうのです。メイドというのは誰かに仕える存在。舞台に立つ演者は、お嬢様や他の方だけで十分事足りますから」
これもまた、蔡未にとっての根深い悩みだった。
一千夏の家に迎えられてから。そして、今日に至るまで、蔡未がその心根を忘れたことはない。
それどころか最近になって、よりその気持ちが強まった。昔から知っている人達、新しく仲良くなった人達。そして、それらが織りなす人間模様。
そうしたあらゆるものを経験した上で、やはり自分は裏方に徹するべきなのだとあらためて気づいた。
たとえその奥に、人には言えない気持ちが沈んでいたとしても。表に出せば、それは新たな火種の原因になる。それこそ文化祭の一件のように。
だというのにーー
『それに、俺はお前と出かけるのを別にイヤと思ってないしな』
「……」
「……ふむ。では主人として、ここはわたしが一肌脱いでやるとしよう」
「そうですね……。……えっ?」
蔡未の言葉を聞く前に、一千夏はそそくさと部屋を出ていく。
取り残される蔡未。どうしていいかわからず、しばらくの間、謎の暇〈いとま〉を過ごす。
そうして待っていると、胸元に大量の服を抱きかかえた一千夏が、危なっかしい足取りで再び部屋の中に入ってきた。
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