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「……どうしてこのタイミングで……」
言ってから、あわてて後ろを振り返る。
だが、どこにも一千夏の姿はない。その事に安心しつつも、今度は電話に出るか否かの選択を迫られる。
そして、悩んだ挙句。
「……はい」
通話ボタンを押し、耳元に携帯を当てる。
聴こえてくる声と、紡がれる話題。通話そのものは短かったが、それは悪い意味で悠久の時のように感じた。
電話を終え、蔡未は重々しい足取りで部屋を出ると、階段を降り、そのまま玄関へと向かう。
だが、そこに自分の靴は無く、あるのは茶色のブーツが一足。
そして、それは一千夏が用意した物のひとつだった。
「私を驚かせるために、ですか。いつもなら、呆れ顔を浮かべるところですが……今回ばかりはお嬢様に感謝ですね」
言いながら、宗太に断りのメッセージを送る。
こうなった以上、出かける事は難しい。この問題は、それほどまでに重大で、早期解決できない事柄なのだ。
ならせめて、この格好で。
主人から与えられた物を身につけた状態で、この試練に立ち向かいたいと。消えかけていた闘志を再燃させながら、蔡未はそんな事を思った。
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