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「蔡未。オレと一緒に来いーーそれが、お前にとっての幸せだ」
蔡未が男に口説かれている。
呆然としながら、宗太は目の前に広がっている状況を冷静に分析した。
(……!? いや、ボーッとしてる場合じゃねぇ! 急いで隠れないと!)
あわてて曲がり角に身を隠す。
荒く呼吸を繰り返しながら、塀に背中を押しつける。脈打つ心臓。なにが起きているのかわからない。どうしてこうなったのかわからない。
だが、やがて一つの可能性を導き出した。抱きついているように見えて、実際のところはそうではなかった。
距離が近かっただけで、あれはただ向かい合っていただけ。全てはこっちの勝手な思い込み、もとい勘違いだったのだ。
宗太は気を取り直すと、覗くようにして、再び曲がり角の先を見やる。
「愛してるぞ蔡未……」
見間違いじゃなかった。
しかし、こうして現実に起きている以上、そこから目をそらす事はできない。
とーーそんな風に諦めを見せていると。
「……いい加減、抱きつくのはやめてください。誰かに見られたらどうするのですか?」
「いいじゃん、見せつけてやれば。オレ達が仲良しなのは違いないんだからさ、他人がどう思おうが知ったこっちゃねーよ」
「そっちはそうかもしれませんが、私は知ったこっちゃあるのです」
「グエッ」
蔡未に押しのけられ、男が苦悶の声を漏らす。
そのわずかな隙を見計らって、宗太は曲がり角から飛び出ると、そのまま二人の元に近づいていく。
事情は知らない。でも、蔡未が困っているのなら、それを助けるのは当然だ。
たとえ後ろ指をさされ、『お節介』と揶揄されようとも。
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