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「そんなイジワルするなよ〜。オレはただ、蔡未と抱擁を交わしたいだけなのに……」
「なら、時と場所を選んでください。ここはお嬢様と私が暮らす家です。そこでこんな風に抱きつかれるのは……」
「ーーしばし待たれよ、そこの二人!」
いきなりの停止を促す声。
男は訝しげにそちらを振り向くが、蔡未は一足早くその正体にたどり着いていた。
「宗太さん? どうしてここに……」
宗太の姿を見て、蔡未がわずかに表情を崩す。
だが、その説明はあとだ。その前に、これだけは言わないといけないーーこうして堂々と姿を晒したのは、その目的を果たすためなのだから。
「……距離が」
「えっ?」
「距離がっ。……近いと思います……はい」
「……宗太さん」
蔡未のため息混じりの呟き。
体中の血という血が顔に集まっていく。
熱い。そして恥ずかしい。できることなら、時間を巻き戻したいくらいだった。
「……えーっと……もしかして、蔡未の知り合いかなにか?」
茶色がかった髪をかき上げながら、男が蔡未に問う。
「あ、はい。この方は北島宗太さん。同じ部の仲間で、私の……」
「……! なるほど、そういうコトね。いやはや、なら悪いコトしちゃったかな」
男はそう言うと、宗太との距離をズンズン詰めていく。
壁を隔てるようにして、目の前に立ちふざかる巨大な体躯。しかし、横の広さは羽織っている黒色のコートによるもので、肥満体というわけではない。
それどころか、スラリと伸びた足はどこぞのモデルを思わせるかのようで。
全体的に落ち着いた色合いの装いは、まるで夜の世界で働く小粋な成人男性のようでもあった。
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