落日

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 勉強机の横の本棚には、少女漫画がある。その全二十一巻に追いやられるように、中学校の卒業アルバムが端に立て掛けられている。伸ばした右腕に躊躇いの色を見せながら、広美は指先でそっとアルバムを手元へ引き寄せた。  群青色の表紙に踊る飛翔の金字。パッと開いたのは偶然にも三年二組が写るページ。  まだ坊主頭だった頃の啓介。クラスの全体写真にしか写っていないのが彼らしい。無愛想な顔で、こちらの少し右上あたりを見つめている。  未だにこの頃の髪型が広美の印象に強く残っているのは、幼少期から彼がずっと坊主頭だったという事もあるだろうが、何より恵美が彼と最も頻繁に言葉を交わしていたのがこの頃だったからに他ならない。  当時はまだ、彼と広美の間には同級生という繋がりが存在していた。明け透けな付き合いが出来たわけではとはいえ、この頃は密会などせずとも彼の顔を拝む事ができていたのだ。  中学を卒業した後、広美は本土の高校へ通うようになり、啓介は家業を継いだ。狭いこの島の中では、それ以降の接点がないはずの二人が、誰の目に触れられぬよう顔を合わせるのは容易な事ではなかった。  二人が会えるのは島民達が寝静まった時分、啓介の翌朝の仕事が遅い日だけに限られており、そうして顔を合わせたところで有意義に使える時間も居場所も用意されていない。月影を隠すように橋の下の川原で体を重ね、空が白ばむより先に、腿や首筋に虫の噛み跡を残したまま、家族が眠るこの家へ帰って来るというのが常だった。
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