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川の音が聞こえてきた。自室で荷造りをしていた広美が段ボールの前に座り込み、一息吐いたその時だった。
川沿いに立つこの家では、チロチロと流れる川の音が絶えず聞こえている。生活をしていると次第に気にならなくなってくるが、ふとした時、それが耳に止まる。
音に誘われるよう外へ目を向けてみれば、西日を浴びた障子窓が真っ赤に染まっていた。
その寂しげな色に照らされているせいだろうか。薄暗い室内を見渡すと、広美は胸に、締め付けられるようなもどかしい苦しみを感じた。
砂壁には濃淡のある影が映しだされ、柱や天井の梁はてらてらと鈍い光を放つ。タンスにベッドに勉強机。それらに囲まれた六畳間は狭苦しい。広美はその中心、畳の上に腰を下ろしている。
部屋の電気は消えたままで、その天井灯から伸びた紐が触れてもいないのに広美の頭の上ではプラプラと揺れている。
小学生の頃から十八になった今まで、毎日寝起きしていた部屋に、あちらへ持っていく必要のあるものなど殆どなかった。
幼い頃の友人であった熊のぬいぐるみや、小学校の工作の授業で作った埃まみれの奇妙なオブジェ。今やテレビの中ではすっかりオジサンキャラが板についてきた男性アイドルのグッズや同級生達との交換ノート。
広美の中から抜け落ちた記憶の残滓であるそれらは、寧ろこの部屋に残していかなければならないもののように彼女には思えていた。
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