北の国からの忍び

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

北の国からの忍び

「…やっと…か」国際線の窓際の席で少女は呟いた。ショートヘアの銀髪に蒼い瞳の視線の先には小さく滑走路っぽい物が見える。他は大体緑色の木や田んぼでアスファルトの道が何本か縦横に通っている。そして点々と民家の屋根らしい人工物。これから旋回して海に一旦出てからあの滑走路に降り立つ。 数時間ぶりの地上だ。ほぼ真っ直ぐ進んでいただけだし、ほぼ座っているだけで何もしていないけど疲れた。やっぱりずっと浮いているのは落ち着かない。なんだかんだ地球を半周近く回ってやってきたのだ。しかも直行便なども無い為に乗り継ぎして言葉の違う国で慣れないトランジット。思い出しただけでこの場で寝てしまいそう。…いや、もうまもなく着くから寝ていられないのだけど。 「…よし」静かに拳を握りしめ、気を引き締めた。 着いた。 少年というより少し大きく、青年というには少し幼さが残っている影が だいぶ引き伸ばされて地面を這っている。彼は高校2年生。間もなく迎える冬を越えると進路の問題がやってくる。 その事から逃げて現実から目を背けて、気付いたらここにいたのである。"余計なものに縛られたくない"と、このぐらいの歳には良くある事である。 夕日がもうすぐ海の向こうへ落ちる。波の音よりも潮風が強く感じる。雑に揃えた髪が一瞬、なびく。周りが海に囲まれていて、その向こうには工場や石油コンビナートなどがある工業地帯だ。海の上ではタンカーがゆっくり流れていく。地元でも見えるがこっちの方が近い。潮風も別物に感じる。湾内と外海の違いが同じ県でこんなに大きいのだと改めて思う。 やっぱり旅はいいな。 いや、旅と言っても県内で片道一時間半位だからそんな大したことないけど、二ヶ月前に免許を取ってから初めて一人で一時間以上走ってきたのだから自分の中では旅だ。風を感じる道中を相棒と走り抜けてきた。 某アイドルグループがプロモーションビデオの撮影の背景に使われた展望台を降りる。 そろそろ房総半島にも本格的な秋の気配がしてきた。高い山が少ないけど、だんだん色づいてきている。紅葉が終われば今年ももうすぐ終わる。 「今年もあっという間だな」大人達がそう言うのを真似して言う。実感はない。まだ、2ヶ月位あるって思うし、1ヶ月でもまだまだ先だと感じる。学校が早く終わってほしいのは大半の学生は思うところだろう。 太陽が沈み、空も青から藍色に変わっていく。そろそろ帰らなければ…明日学校あるし。 急いで相棒の元へ向かう。そいつは二つの心臓を持ち、二つのタイヤを持っている。もちろん人間ではない、二輪車、バイクだ。1980年代の生まれでカウルもヘッドライトも昭和のロボットみたいな顔をしている。今のバイクがエヴァンゲリオンみたいなのと比べると隔世の感があるが…しかし、このオンリーワンな造形は魅力的だ。 短くて安っぽいキーをシリンダーに差し込み回す……メーターの照明が「いつでもいけるぞ」と光る。 チョークを引いてセルを回す……潮風に冷やされたエンジンが目を覚ます。 グローブを嵌める……相棒とコンタクトとる為の儀式だ。 ヘルメットを被る……これから風の世界に身を晒す準備。 バイクに跨がる……相棒と一体化する。 サイドスタンドを蹴り上げ、クラッチレバーを握ってギアを1速に入れ、スロットルを捻る。エンジンもそれに合わせて唸り、メーターの針も上がる。 クラッチが当たるあたりまでレバーを戻すとスルスルと前に進み出す。 ビュィィィィーーーーン 走り出すと楽しい。発進でドコドコいってたエンジンが回転を上げると共にスムーズに変化してどこまでも吹け上がっていく。250ccだから大排気量車に比べると絶対的なパワーは少ないが、曲がる時に車体が簡単に倒れるので峠道も楽しい。暗くなった道をヘッドライトの光で切り出してゆく。カーブを倒す角度と速度が多過ぎもせず少な過ぎもしないでスムーズに抜けられると凄く気持ちいい。登り坂はシフトを蹴ってギアダウン、ギュィィィーーーーンと自分を力強く引っ張ってくれる。これでも30年以上前のバイクだとは思えないほどにパワフルで面白い。 国道に出てからは ほぼ真っ直ぐに進み、もうすぐ家が見えてくるっていう距離まで戻ってきた。 赤信号で止まって、家に着いてからの色々(簡単に言うとご飯食べて風呂入って寝るまでのこと)を考えていると、視線の端で何かが動いてるような感じがした。そっちの方に目を向けてみる。暗がりでハッキリとは分からないけど、やはり何かがいる。しかもそいつは民家の窓らへんから出てきたようだ。 どう贔屓目に考えても泥棒だ。自分の家とか友達の家から出てきた所に思えない。と、ここで普通なら即警察に電話する所なのだが、彼はそうしなかった。何故ならそこから出てきたのは小柄な人影だったからだ。もしかしたら子供かもしれない。それなら自分の手で確かめたいと思ったのは若さからくる正義感なのだろうか。 バイクを路地に向け方向転換する。その家の前に着くと塀を降り立ったそいつと目が合った。 (えっ…女の子?) 動きを邪魔しないストレッチ性の高そうな、おしゃれともかけ離れている服装ではあるが、フードから少し出ている髪の長さが女性のそれであった。 しかし、そいつはこっちを確認すると いきなり飛びかかってきたのだった。 「うわっ!!」ぶつからないように後ろに反らしたところ、スロットルも捻ってクラッチレバーも離してしまった。 さて、どうなったでしょう?
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!