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重苦しい空気の中、広重は小さくなっていた。
広重の上司の村瀬は顔色1つ変えずにソファに座っており、村瀬との情事の相手、本日広重が挨拶に伺った相手の、オーシャンの美形店長、犬神貴彦も何事もなかったように名刺を広重に差し出している。
広重ただ1人が緊張して、変な汗をかきながら貴彦から名刺を受け取り、自身の名刺も渡す。
「広重って言うんだ。顔に似合わず渋い名前だな」
フッと笑いながら貴彦は言う。
「そ、そうですか?そんな風に言われるの初めてです」
小さな声で囁くように広重は言う。
「あんたいくつ?」
貴彦が長い睫毛の瞳で広重に尋ねる。本当に美形だなぁと広重は見入ってしまった。
「26です」
「ふーん。年下か。年相応といえば年相応の顔か」
ジロジロ見つめられて広重は恥ずかしい。
「犬神さんは、28歳でしたよね。俺は年下で、頼りないでしょうが、よろしくお願いします」
広重はそう言って頭を下げた。
貴彦は美形だけでなく背もスラリとして、175cmの広重よりも高かった。
短めの黒髪は清潔さもあり、さっきまで村瀬とイケナイ事をしていたようには全く見えない。
「頼りなく見えるかも知れないけど、俺の部下の中では優秀な奴なんで、今回この店の担当にしたさ。慣れるまでは、多少のことは目を瞑ってやってよ」
爽やかな笑顔で、広重の上司で、エリアチーフマネージャーの村瀬は言った。
村瀬がチーフになったことで、広重がこの店を担当する事になった。
「分かってるよ。でも村瀬サンがチーフになれたのは俺の力もあるでしょ?」
ふふふと笑いながら貴彦は言う。
貴彦が村瀬と見つめ合うと、さっきの姿を思い出して広重は真っ赤になった。
「なんだよ、ユデダコみたいに真っ赤になって。さっきの俺たちのこと思い出してんの?」
意地悪な笑みで貴彦は言う。
「いえ、そのッ!」
図星で広重は返す言葉がない。広重は村瀬を見つめた。
村瀬は、仕事ができるエリート社員。隙のない出で立ちで、大人の余裕もある眼鏡美男であり、ドSな部分もあるが誰からも人気があり、女子社員の憧れのマトでもあった。
まだ31ながら、エリアチーフマネージャーに昇進し、次期幹部候補。
私生活でも妻と生まれたばかりの娘を持ち、まさか男の恋人がいるようには見えない。
憧れの目で見ていた広重は、ショックだったのと同時に不思議でならなかった。
「何?俺の顔に何かついてるか?」
ニヤニヤしながら村瀬は言う。
「……いえッ、何も」
もう居た堪れなくて広重はどうして良いか分からなかった。
この先この店のエリアマネージャーをやっていけるかも不安だった。
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