鮟鱇とあん肝のロッシーニ風・シェリーソース

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村瀬が玄関の鍵を開けると、貴彦は深呼吸をした。 中に入れない。 壊した家庭に上がる資格などないと思っている。 「ほら、入って」 トンと広重が貴彦の背中を押した。 「ごめんな。入りたくないよな。俺が嫁と住んでいた家なんて」 村瀬が言うと貴彦は首を振る。 「違うんだ。そんなことは気にしてない。奥さんの居場所を奪ったのは俺だし。そんな俺が入っていいのか」 「ごちゃごちゃ言ってないで入ってください!話ができませんから!」 強気な広重に貴彦も大人しく従った。 「こんなのしかないけど」 村瀬が缶ビールを3本出してきた。 貴彦はまだ落ち着かない。 黙ったまま俯いている。 リビングにはぬいぐるみやベビーベッドが置かれていた。 赤ん坊の香りが残っている。 「で?道明は何がしたいんだ?俺たちをこんな風に会わせて」 村瀬が尋ねると、広重は缶ビールを開けた。 「言った通りです。もう二度と会わないとか、別れるっておかしいと思って。確かに、おふたりのせいで村瀬さんの奥さんが傷ついたのは分かってます。でも、もう奥さんと村瀬さんの関係は決着が付いたんだから、ふたりが別れる理由はないでしょ?」 「ばぁか。そんな都合よく出来るかよ」 村瀬が苦笑しながら言う。 「苦しんでくださいよ。娘さんを不幸にしたのは自分だって。ふたりで苦しんでください。ふたりが別れて、それぞれ他の誰かに甘えるのは、それこそおかしいでしょ?お互い自分たちのしてきたことにけじめつけて、一緒にいてください」 広重の言葉に村瀬は何も言い返せない。 「犬神さん。これが現実です。あなたとの関係がバレて村瀬さんは1人になりました。だからあなたも村瀬さんとずっと一緒にいて、村瀬さんの娘さんに償ってあげてください」 「お前、いざとなると俺より鬼畜だな。全く、俺たちふたりをくっつけたいのか苦しめたいのか分からねぇよ」 村瀬が言うと広重はビールをゴクゴクと飲んだ。 「別れて欲しくないだけです。どうしてもお互いに目を逸らして逃げたいならそれはそれで仕方ないですけど」 広重はそう言ってふたりを見つめる。 村瀬は貴彦を見た。 「道明の言う通りだ。一緒にいてもきっと辛くなる時がある。娘の誕生日のたびに俺は後悔すると思う。それでもお前は俺のそばに居られるか?それとも、他の奴の手を握るか?」 村瀬の言葉に貴彦は首を振る。 「娘さんの誕生日に俺はきっと自分を許せないほど後悔すると思う。でも、俺は、お前と一緒に償いたい。ムシがいい話かもしれないけど、俺はそれでもお前とずっと一緒にいたい」 貴彦がベビーベッドを見ながら言い切ると村瀬は微笑んだ。 「じゃあ、これでこの話はもう良いです。俺も納得しましたから」 広重はそう言うと立ち上がった。 「犬神さん。この家に引っ越して来れば家賃浮きますよ。じゃあ」 笑いながら広重は言うと玄関に向かった。 村瀬と貴彦が玄関まで見送る。 「悪かったな。色々、気を使わせて」 「マジっすよ。俺に犬神さんを見守るのは無理ですよ。俺、村瀬さんを好きな犬神さんに惚れたんです。村瀬さんを諦めて、死んだ魚のような目をした犬神さんの事は好きじゃないです」 広重の言葉に貴彦は笑った。 「お幸せにとは言いません。まだどこかで俺はふたりの関係を祝福できないから。でも、時が経てば俺もふたりに幸せになって欲しいと思う時がくると思います。これからも仕事ではよろしくお願いします」 広重はそう言ってペコリと頭を下げた。 「うん。これからもよろしくね」 貴彦がそう言うと広重はにっこり笑って村瀬の部屋を出た。 これで良かったんだと、本当は心の中で、ふたりを祝福していた。
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