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会社の屋上のベンチで広重と亮は缶コーヒーを飲んでいた。
村瀬の離婚は、人事が知る頃にあっという間に広まり、村瀬はバツイチになった途端、女子社員のターゲットになっていた。
もちろん村瀬には愛する貴彦がおり、祥子のことが全て落ち着いたら一緒に住もうと考えていた。
「全くさぁ。別れるって言い切ってたくせに、ふたりともあっさり幸せになってるしね。喉元過ぎれば熱さを忘れるだな」
古臭い言い方に亮は笑う。
「まぁ良かったんじゃないの?別に元奥さんも何も言ってこないんだろ?」
「んー、それは知らん。そこまで聞いてないし。犬神さんから聞いた話だし」
広重の言葉に亮は笑う。
「なんだよ!」
「いや。好きだった人の惚気話聞くってどうなのかと思ってさ」
亮が言うと広重は空を見上げる。
「なんだろうな。なんかさ、なんで犬神さんを好きになったのか、強がりではなく、今となっては分からないんだ。確かに素敵な人だよ。でも、なんで恋愛感情を持ったのか、今となっては謎って言うか」
「正月に言ってたじゃん。村瀬さんに対して憧れと対抗意識があったって。それだったんじゃないの?犬神さんを好きになったのは。奥さんいるくせに、男と浮気してる村瀬さんに失望したとか。その謎を知りたかったんじゃないの?どうして村瀬さんが犬神さんを好きなのか。犬神さんを見ながら、結局お前は村瀬さんを見てたんじゃない?」
亮の言葉に広重もなんとなく納得した。
村瀬が浮気していたのが嫌だった。
それは、貴彦にも最初の時に指摘された。
自分は村瀬を尊敬して慕っていた。
恋愛とは別の意識で村瀬が好きだった。
だから、村瀬の恋人の貴彦に興味を持ったのかもと思った。
「俺さ。きっと犬神さんを好きだって思い込んでたんだと思う。村瀬さんと同化したかったんだよ。だから、きっとふたりがちゃんと付き合うことになって、俺の気持ちも落ち着いたんだと思う」
貴彦とキスできなかったのも今なら分かる。
できなかったのではなくしたくなかったんだと思った。
そう思って、広重は急に恥ずかしくなった。
亮の隣にいるのが恥ずかしくなった。
「広重?」
真っ赤になって黙り込む広重に亮はどうしたのかと気になる。
「どうした?顔、赤い」
「あっ、そのッ!違う!なんでもない!」
広重は立ち上がると亮を見て真っ赤になる。
亮の唇を見つめてしまう自分がいた。
俺、亮とのキスは嫌じゃなかった。
犬神さんとのことは村瀬さんのことで説明つくけど、じゃあ亮とのことは?
なんで亮とキスできた?
なんで今、意識してる?
なんで?
広重はドキドキと鼓動が早くなる。
「あッ!そうだ、午後から会議じゃん!準備しないとッ!」
焦りながら広重は言うとエレベーターに向かって歩き始める。
亮はなんだか分からないまま広重の後について行った。
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