手長海老と海の幸のパエリア・アイオリソース添え

2/10
前へ
/91ページ
次へ
会社の屋上のベンチで広重と亮は缶コーヒーを飲んでいた。 村瀬の離婚は、人事が知る頃にあっという間に広まり、村瀬はバツイチになった途端、女子社員のターゲットになっていた。 もちろん村瀬には愛する貴彦がおり、祥子のことが全て落ち着いたら一緒に住もうと考えていた。 「全くさぁ。別れるって言い切ってたくせに、ふたりともあっさり幸せになってるしね。喉元過ぎれば熱さを忘れるだな」 古臭い言い方に亮は笑う。 「まぁ良かったんじゃないの?別に元奥さんも何も言ってこないんだろ?」 「んー、それは知らん。そこまで聞いてないし。犬神さんから聞いた話だし」 広重の言葉に亮は笑う。 「なんだよ!」 「いや。好きだった人の惚気話聞くってどうなのかと思ってさ」 亮が言うと広重は空を見上げる。 「なんだろうな。なんかさ、なんで犬神さんを好きになったのか、強がりではなく、今となっては分からないんだ。確かに素敵な人だよ。でも、なんで恋愛感情を持ったのか、今となっては謎って言うか」 「正月に言ってたじゃん。村瀬さんに対して憧れと対抗意識があったって。それだったんじゃないの?犬神さんを好きになったのは。奥さんいるくせに、男と浮気してる村瀬さんに失望したとか。その謎を知りたかったんじゃないの?どうして村瀬さんが犬神さんを好きなのか。犬神さんを見ながら、結局お前は村瀬さんを見てたんじゃない?」 亮の言葉に広重もなんとなく納得した。 村瀬が浮気していたのが嫌だった。 それは、貴彦にも最初の時に指摘された。 自分は村瀬を尊敬して慕っていた。 恋愛とは別の意識で村瀬が好きだった。 だから、村瀬の恋人の貴彦に興味を持ったのかもと思った。 「俺さ。きっと犬神さんを好きだって思い込んでたんだと思う。村瀬さんと同化したかったんだよ。だから、きっとふたりがちゃんと付き合うことになって、俺の気持ちも落ち着いたんだと思う」 貴彦とキスできなかったのも今なら分かる。 できなかったのではなくしたくなかったんだと思った。 そう思って、広重は急に恥ずかしくなった。 亮の隣にいるのが恥ずかしくなった。 「広重?」 真っ赤になって黙り込む広重に亮はどうしたのかと気になる。 「どうした?顔、赤い」 「あっ、そのッ!違う!なんでもない!」 広重は立ち上がると亮を見て真っ赤になる。 亮の唇を見つめてしまう自分がいた。 俺、亮とのキスは嫌じゃなかった。 犬神さんとのことは村瀬さんのことで説明つくけど、じゃあ亮とのことは? なんで亮とキスできた? なんで今、意識してる? なんで? 広重はドキドキと鼓動が早くなる。 「あッ!そうだ、午後から会議じゃん!準備しないとッ!」 焦りながら広重は言うとエレベーターに向かって歩き始める。 亮はなんだか分からないまま広重の後について行った。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

394人が本棚に入れています
本棚に追加