【第1譚】開かずの踏切

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◇・◇・◇ 放課後。五時を回り図書室の鍵を閉めにきた教師の「受験頑張れよ」という激昂を曖昧に流し、校舎に出ると太陽が傾き始めていた。春にはほど遠い今はコートを着ていても肌寒く、吐いた息はすぐに白に染まり、宙へと霧散する。 図書室ももっと長い時間開放してくれていたら良いんだけど。 俺は信号待ちをしながら溜息を漏らす。 模試判定でAが出ているとはいえ、暗記系はともかく、現代の文章問題はギリギリの点数だ。受験当日まであと二週間弱。卒業後一週間はずっと勉強できるとはいえ、なんとかしないと。 俺は『開かずの踏切』の傍でピタリと足を止めた。視線の先には一人の女子生徒が踏切警報機の前でしゃがみ込み、手を合わせていた。女子高生の自殺が噂で流れた後も『開かずの踏切』を利用する生徒は何人か見かけていたが、踏切の前で手を合わす生徒は初めて見た。 例の自殺した女子高生の友人だろうか。警報機の傍に添えられた花は生けられてからそれほど時間がたっていないのだろう。ラベルが剥がされたペットボトルに刺さった一輪の菊の花は瑞々しく、胸をしゃんと張っている。 俺は女子生徒を一瞥すると歩き出した。 あの祈りに何の意味も無い。死者がいないその場所でどれだけ悼んでも彼らには到底届かないのだから。
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