絵葉書の内側

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絵葉書の内側

 1922年、帝都東京。  百貨店やら書店やらで賑わう日本橋に居を構える探偵事務所に、1人の客人が訪れていた。  ふかふかのソファに腰かけて、硝子のテーブルの上に置かれたコーヒィカップを見つめる青年は、前方から小さなため息が聞こえてきて、ぎくりと肩を揺らした。  青年ーー日野賢治郎(ひのけんじろう)は、おそるおそる視線を上げる。  そこには1人の男がいた。  柔らかな明るい色の髪の毛を群青色のリボンで結ったこの年若い青年は、蝋のごとく白い肌と薄墨色の異彩のかんばせを持つ。豪奢なデスクの前で足を組み、1枚の葉書を眺める様はあまりに無機質で冷たい。日本人離れした美貌も相まって人形のような男だと、賢治郎はどこか恐ろしく思っていた。  賢治郎はこの男、鬼塚知成(おにづかともなり)にある依頼をするためにやって来ていた。  それこそ彼の手の中にある葉書についての事なのだが、当の探偵は葉書を受け取ったきり何の反応もしなくなり銅像のように固まってしまった。経緯や依頼について話したかった賢治郎も釣られて、今の今までソファの上で置物になっていたのだ。 「これは、誰から?」  良く通る声が静かに空気を揺らす。 「私の、婚約者からです」  その言葉に知成はぴくりとも表情を変えずに「だろうね」と頷いた。 「見ただけで解るものですか?」  疑問に思って問いかけると、「私は名探偵だからね」と要領を得ない返答が返って来る。 「それで?」  長い指が葉書をくるりと弄ぶ。  白地に紫陽花の水彩画が描かれた質素な絵葉書。消印もついてない、おそらく手製のそれ。  そこには流麗な細い文字で一言添えてある。  "遠くへ行きます。" 「この別れのメッセェジを私にどうしろと?」  知成の言葉に賢治郎は唇を噛んだ。俯きはしなかったものの、膝にのせた手に力がこもる。  葉書の隅には"咲子"と女の名前が添えてあった。この葉書の差出人であり、賢治郎の婚約者の名前だろう。 「1週間前にかの葉書が投函されているのを手伝いの者が見つけました。消印がないので、直接郵便受けに入れたのでしょう」  賢治郎はぎゅうと目をつぶった。  瞼の裏に浮かぶのは愛しい婚約者の顔だ。大きな瞳と細い眉が特徴的な、利発で負けん気の強い聡明な女性だった。 「彼女ーー咲子がこんな葉書1枚残して行方を眩ますなんて考えられません」  目前でふんぞり返る探偵の両の目をしっかりと覗き込む。 「咲子がどこにいるのか。彼女に何があったのか、調べてほしいのです」  それを見た知成の目が、愉快そうにきゅうと弧を描いた。
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