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「な、何をするんですか!?」
慌てて止めに入ろうとする賢治郎を一瞥で制す。
火は触れるか触れないかの距離を保ちながら絵葉書の裏面を撫でた。まんべんなく舐めさせた後に「あちち」と手を振って消す。
絵葉書を掲げて見ると黒々とした模様が浮かび上がっていた。それは主に不定形な水玉模様であったが、1つだけ雰囲気の違うものがる。
それは紫陽花の絵の下。
何かを訴えるように✕印があった。
「あぶり出しだね」
「……全然気がつきませんでした」
「鼻詰まってるのかい?」
ケラケラと笑う知成の手の中を覗き込みながら、
「でもこの✕印にどんな意味が?」
と小首を傾げる賢治郎に知成は「鈍いなぁ!」と呆れて見せた。
「古来より場所を示す場所に✕があったらやることは1つじゃないか!」
知成は紫陽花の絵を指差して言う。
「"ここ掘れわんわん"だ」
揶揄うようにニンマリと笑った知成は、次いで庭の方を目で示すのだった。
■ ■ ■
賢治郎はスコップを片手に土を掻き分けていた。
紫陽花の下を調べてみれば、最近掘り返されたようか跡があった。そこを目安に掘り進めて数分が立つ。
知成はというと「背広を汚すと妻に怒られるんだ」という言葉と共に一歩引いたところで賢治郎を眺めるに徹している。妻に怒られるというのは建前で、単純に肉体労働をしたくないのだろうと賢治郎は心の中でため息をついた。
やがてガチンとスコップが固い何かに突き当たった。慎重に穴を拡げて土の下にあったものを引き上げればお菓子の空き缶が現れる。
「あけて」
いつの間にか背後に立っていた知成に促されて蓋を取り払うと、中には折り畳まれた1枚の紙と巻き尺が1つ入っていた。
「何だこれ?」
てっきり手紙か日記など咲子の思いをしたためた物が出てくるのを期待していた賢治郎は拍子抜けしてしまった。
「こっちの紙は世界地図の一部だね」
隣にしゃがんだ知成が指先でつまむようにして折り畳まれた紙を広げている。たしかに世界地図の北アメリカ周辺を切り取ったもののようだった。
「一体何をしたいんだ?」
困惑しながらも箱をひっくり返したり、他に何か書かれていないか調べ始める賢治郎を横目に、巻き尺を弄んでいた知成が不意に呟く。
「……同じだ」
「え?」
戸惑う賢治郎の前に地図の一部と、絵葉書を並べてみせる。
「ほら、同じ長方形」
「はぁ」
ぴんと来ない様子の賢治郎に巻き尺を手渡しながら「辺の比率が同じなんだよ」と指差した。
賢治郎は促されるままに葉書と地図の大きさを測って「たしかに」と知成の方を見る。
「この絵葉書は地図の縮図なんだ。そして場所を示すものでもある」
知成は絵葉書を手にとって「ここに小さな穴が空いてるだろ」と指差す。
「地図の大きさに直した時、この穴がくる場所にいるんじゃないかな」
それは咲子が今、日本から遠く離れた異国の地にいるという事だった。
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