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黒白の裏側
『我は明仄国の守護、光と炎雷の大精霊・燦である』
明仄国を守護している大精霊が全世界チャンネルで声明を開始した時、世界中の精霊たちのテンションは高かった。
「おおっ、大精霊お久しぶりっす。全世界チャンネルかますとか、相変わらずぱねぇっす」
「大精霊、力、全然衰えてない。ちょー凄い!」
精霊には美しい見目の者が多かったが、その性質や属性などにより巌のような者もいた。
炎なら赤系統、水なら青系統の、全身半透明の属性に沿ったカラーリングの者が多かったが、属性に縛られない配色の精霊もいたり、人間に擬態出来る者もいるので、見た目で精霊だと判別できない者も中には存在した。
『この声と映像は、この星の生きとし生きる者の頭の中へ送っている。老いも若きも例外はない。言葉の通じないものや幼すぎてわけわからん者もいるだろうが、今はそんな事はどうでもいい』
しかし、大精霊が全世界にチャンネルを開いた意図にうっすらと気付いた精霊たちはざわめき始める。
「やべえ。大精霊、何でか知らんけど怒ってる!」
「本当だ。おこだ!」
「そういえば、大精霊、千年前にもこんな気配してた」
「確かに。こんな気配だった」
精霊たちには大精霊の怒りの原因が思い浮かばなかったものの、この全世界チャンネルから不穏な気配を嗅ぎ取っていた。
「……千年前のあれ、やるつもりかな?」
「千年前のあれって──激おこのやつ?」
「そう、ぺんぺん草も生えなくなるやつ」
「マジで⁉︎ オコンネルやっちゃうの?」
精霊たちの意識には、千年ほど前にあった、ネルという名の国が消滅した時の事が浮かんでいた。
当時のネルの王が、燦の主だった女性──後の明仄国の初代女王エレナだ──に過剰な執着をして拉致紛いな行為を幾度もし、そのしつこさに堪忍袋の緒が切れた燦はネルの王をボコボコにした後、光の鉄槌を落としてネル王国を地上から消した。
ちなみにその跡地は今、『不毛の地オコンネル』と名付けられており、大精霊が怒ってネルが消えたから、オコンネルと名付けられた説が有力らしいが真偽は定かではない。
当時の話は、かなりマイルドな形ではあるが御伽噺となって語り継がれている。
『我は怒っているのだ。何故我が怒っているのか、それを今語る』
お祭り騒ぎでワイワイしていた精霊たちは、真顔で燦の言葉を聴いている。
「……大精霊、怒らせたの誰だ?」
「命知らずな奴だ」
「大精霊の武勇伝、千年経っても有名なのに」
「そいつ、武勇伝知らない馬鹿なんじゃね?」
「ああ、たまに救いようのない馬鹿いるよねぇ」
「そうか、馬鹿かー」
その時、燦の目の前にいるらしき祭礼用の白いローブを纏った老女の姿が、全世界の生きとし生けるものの脳裏に映し出された。
「馬鹿はこいつか」
「何したんだあの女」
「明仄の皇太后だね」
「確か、ローランの王女だったっけ……」
皇太后の出身国の名が出た途端、正解が出たと言わんばかりに皆顔を見合わせる。
その中の一柱があちゃーと言いながら「大精霊、もうローランにロックオンしてたー!」とこぼした。
「マジか」
「ローランの方向を視ればわかる。大精霊、ヤル気満々」
冷静に分析している場合じゃなかったが、大精霊・燦の魔力がローランに向けて集中していく気配が強まっていることを皆把握し、慌て始めた。
「「「うわぁ大変だー!」」」
精霊たちは知っていた。大精霊の二つ名に《光》が冠されている意味を。
だからこそ、その大精霊が光の鉄槌を落とそうとしているローランが風前の灯だということも一番理解していた。
「慌てている場合じゃないぞ。ローランの民を避難させないと」
「「「そうだったー!」」」
わいわいとさえずっていた精霊たちは、わたわたしながら次々とローランへ跳ぶ。
精霊は通常、契約者に力を貸すことはあっても、人間の営みには基本的に不干渉のスタンスであるのだが、普通の精霊とは違い神に近いと言われている大精霊・燦は規格外である為、逆鱗に触れると大災害並の被害が発生する。
これから放たれる鉄槌はまだ、弓を引き絞る直前の状態でもあったので、多少の猶予はあった。
一部の馬鹿な人間の暴走のせいで被害を被ることになる、ローラン国にいる人間には科がない為、大精霊の堪忍袋の緒がぶちきれる前にローランにいる者たちを安全地帯へと避難させようと、各地から精霊たちが大挙として押し寄せた。
それは後に、ローランの大避難として語り継がれる事になる──。
******
「逃げろ人間、ここはもうじきペンペン草も生えなくなる!」
「はぁ?」
「だから、ペンペン草も生えなくなるんだ‼︎」
「何を言ってるんです?」
避難誘導してくる精霊たちに、明仄の隣国ローランの民は困惑する。
契約者の前にしか姿を現さない存在なだけに、初めて精霊と遭遇して「精霊って存在したんだ…」と呟く者もいたが、各々の脳内に強制的に映像を送りつけてくる超越的な存在もその精霊なのだと理解している者は少ない。
最初に『我は明仄国の守護、光と炎雷の大精霊・燦である』と名乗りをあげていてもだ。
ちなみにその大精霊は現在、ローランの王女だった明仄国の皇太后を弾劾していた。
「オコンネル、知ってるだろ?」
「ペンペン草も生えないといわれる不毛の地ですね」
「あの大精霊は、そのオコンネルの光の精霊! 千年前に光の鉄槌でネルを不毛の地にした!」
「まさか……」
「そのまさか! ──避難、避難!」
精霊達は、ローランの民だけでなく家畜やペット、周辺の野生動物なども強制移動させ、時間が許す限り奔走した。
いちいち説明するのも面倒だから、との理由で目に入った者を次々と容赦なく安全圏へ強制移動させる強者もいたが、避難が完了した直後、王国ローランに大精霊の光の鉄槌が落とされ、国は跡形もなく消滅した──。
******
「見事に消えたね」
「あれだけ明仄には手を出すなと言われてるのに、お馬鹿さんがいたからローランの民不憫」
「これでローランの跡地もぺんぺん草、生えなくなる」
「カム着火インフェルノォォォォオオウ、凄かった!」
「確かそれ、古の言葉だったっけ。かむちゃっか」
「細かいことは忘れてしまったが確か6段階ある」
一仕事終えた精霊達は、またさえずっていた。
救助をするだけしたが、後のフォローはしない。
身一つで避難する羽目になったローランの民とたまたま逗留していた者にとっては不憫な話だが、命は助かったのだから、後は自分たちでなんとかしてくれ、と言わんばかりに精霊たちはローランの民を救出後、自分の住処へ帰っていった。親切なようで雑な対応だ。
「下から、おこ、まじおこ、激おこ、ムカ着火、カム着火、ぷんぷんどりーむ」
「大精霊、よく我慢できたね」
「あの女のやったことを考えると、大精霊の怒りがかむちゃっか級だったのは妥当」
「そうだね。ぷんぷんどりーむだったら通告なしで光の鉄槌だと思うから、まだ慈悲があった」
「孫娘の顔ちょっとだけ見に行ったけど、初代の主のエレナにそっくりで驚いた」
「それ私も思った! 人の先祖返りすごいね‼︎」
「消滅させされた森や建物不憫だったけど、大精霊をあれだけ怒らせたんだからあきらめろんだね」
精霊達はうんうんと頷き合う。
「ローランの跡地、なんて呼ぶ?」
「カムチャッカロラン?」
「かむちゃろーらん」
「カムチャロン」
「ちゃっかろん」
「インフェルローラン?」
思い付くネーミングを思いつくまま口にしたものの、しっくりこないようで皆揃って首を傾げる。
「ま、人間が後で適当に付けてくれるでしょ」
「そうだねー」
その日、一つの国が消えたが、人的被害を最小限にとどめた精霊たちはきゃらきゃらと笑った──。
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