#6. 恋が生きた証 

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程よい酔いと満腹感に 少々風に当たるべく、店外に出ると テラススペースのベンチに座り タバコをふかしていたリョウがいた。 俺の姿に気が付いて タバコを口にくわえたまま 声もなくニッと笑い、 隣りにあるデッキチェアをひいてみせる。 俺は黙ってそこに座り、 リョウの手元から シガレットケースを奪うと 一本取り出した。 「あれー、イブりん吸うんだっけ?隠れスモーカー?」 「最近復帰した。って言っても、飲んだときだけな。普段はやんない。お前さんみたいに持ち歩かないし、こそこそした隠れメタル的な?」 「へーぇ。不良なんだ。不良ピアニスト」 俺が向けたタバコに リョウは火をたたえたライター差し出す。 アメリカンヴィンテージのジッポで よく使いこなされた品だ。 コイツが持っているものには いつも、男の裏付けを感じてしまう。 バイクも、タバコも、 大体こなせるスポーツも 彼のらしさがあって、様になっている。 そこに軽薄さがまったくないのは 本人の姿勢やメンタルに しっかりとした厚みがあるからなのだろう。 「ピアニストじゃねーし。趣味の手習い程度に、独り身の怠惰防止と知能活性化で始めた、それだけよ。でもいい気分転換になる」 「ふぅん。いいじゃん、ピアノ。俺好きだな、『ニューヨーク・シティ・セレナーデ』とかシカゴの『Hard to Say I'm Sorry(素直になれなくて)』とか、ジジイがよく聞いてた。そうだイブりん、『メイクザ・マンラブ・ミー』って知ってる?ジャズなんだけどさ、弾けたら弾いてほしい」 『メイクザ・マンラブ・ミー』。 ……あの霧雨の夜、 ユウナがトカゲさんにリクエストした あの曲だ。 ユウナはあの店に 『リョウを連れて来た事はない、自分のテリトリーだから』 と言っていた。 自分の場所だからこそ あの夜のコウさんを招いて 一騎打ちしたのだろう。 (ちなみにコウさんの事をトカゲさんは『いけ好かないワビサビ野郎』と言ったらしい。もしもリョウと会わせたら、激しい同属嫌悪となったことを推察する) 「……あー、分かんね。それにジャズは難しいから。勘弁して。クラシック畑なのよ、俺。国立(くにたち)県産、親の敷いた英才教育のレールを歩いてたんで」 抑揚のない返事に リョウはさして落胆することもない。 「ははは、国立は県じゃねーだろ!イブりん、お坊ちゃまだったんだよね。良家のコドモ。いい両親に大切に育てて貰った。そういう育ちの良さって、本人見せなくてもやっぱどこかに出るよなぁ。アリサもそんな感じ。基礎にある素直さ、ああいうのには、マジでかなわない」 そう言って少し、言葉を含ませた。
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