不運の星の名の下に

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「…………マジ?」  いつもと同じ時間に起きて、おんぼろアパートを出て、同じ電車に揺られて会社についた俺は、オフィスのドアに張られた黄色いテープと差し押さえの紙を前にして呆然とした。  確かに小さな事務所で、社員もどんどん少なくなっていっていたけれど。けれど、土日を挟んだ月曜日に来てみたら紙切れ一枚で倒産を知らされる社員の身にもなってもらいたい。 「電話……」  呆然としながらも社長に電話してみようとスマホを取り出すと、充電が二つしかない。昨日充電し忘れたんだ。  電話をしても流れてくるのは「この番号は現在、使われておりません」という無機質なアナウンスのみ。社長の自宅もかけたが、結果は同じだ。  諦めて社長の家を訪ねたが、もぬけの殻だった。 「あの、ここに住んでいた須藤さんは……」 「あぁ、夜逃げみたいよ。怖い顔した男の人が昨日騒いでいたもの」  通りかかったご近所さんに聞いてみた答えが、これだった。  どうしたらいいのだろうか、考えがまとまらない。今月の給料は入るのだろうか? 残業、確か200時間くらいあったと思うんだけれど。  不安だが、とりあえず予定が空いてしまった。家に戻って、他の社員の人にも聞いてみよう。スマホの充電もギリギリだし。  何が起こっているのか呆然としながら自分なりに整理しつつ、来た道を戻る。その脇を、サイレンを鳴らした消防車が走り抜けていく。丁度俺が向かっている方向だ。  俯けていた顔を上げてみる。すると進行方向から黙々と黒煙が上がっている。  嫌な予感がした。そしてこの予感が当たる事も知っている。元ホストの父が10年前に愛人と一緒に家を出た時も、こんな予感がした。  急いで走って行った先で、アパートが赤々と炎を上げて燃えている。そこに放水がされている真っ最中だった。 「神宮寺くん!」 「大家さん!」  すすけた顔をしている大家のおばさんが慌てて駆け寄ってくる。俺はそれを迎えて、泣きそうな大家さんと向き合った。 「どうしてこんな」 「漏電みたいで」 「漏電!」  確かにおんぼろだった。けれどこんな……職を失い、給料も未払いで、住む場所も失うだなんて。  俺はただ呆然と、燃えていくアパートを見上げていた。  一時間くらいで、おんぼろ木造アパートは鎮火した。後には何も残っていなくて、全部が燃えたのは明らかだ。  雀の涙ほどは入っていた通帳、スマホの充電器、パソコン。全部だ。 「ごめんね、神宮寺くん」 「いえ、あの……」 「こんなだから、しばらくはどうしようもないのよ。私も息子の家に厄介になることになったの」 「えっと……」 「他の人もとりあえず身を寄せる場所があるって言っていたから、良かったわ」 「あの、俺は……」 「保険とかはかけてあるから、下りると思うのよね。そういう細かい話はまた後日連絡するわね」  そう言って、大家さんは迎えに来た息子さんの車に乗って行ってしまった。  俺にも一応、所在の分かる家族はいる。母は社長をしていて、若い男を数人はべらせている。  だが、海外なのだ。拠点を完全に海外に移した母は日本に家を持っていない。そして行きたくても、チケットを買うお金も、それを受け取る口座の通帳や印鑑も、パスポートもない。 ピィィィィ 「……あ」  スマホの充電も、たった今切れた。  それでも財布に多少は入っている。今日はマンガ喫茶にでも行って過ごそう。  考えて、お腹が空いてコンビニに。飲み物とパンと飴を買って公園でモソモソと食べていると、側を通りかかった若い男が突然俺の鞄をひったくって全力で走り出す。 「あ……待て!!」  流石にそれを取られたら生きていけない!  慌てて追いかけた俺の目の前で、男は止めてあった車に飛び乗り、そのまま走り去ってしまった。  残ったのはポケットの中に入れていた充電切れのスマホと、さっき買い物をしたときのおつり567円だけだった。
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