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「一間さん。私ね、今日健さんの夢を見たんです」
あの日から数日が立ち、現実は無情にも穏やかな日々が流れていった。
兄の遺品整理の為、この家へ頻繁に通うようになり、今では鈴蘭さんと共に食事も摂る程この二人の家だった場所で過ごしている。
此処はどこもかしこも、兄と鈴蘭さんの優しい香りがした。
「夢…ですか」
「ええ。とても幸せだった。あの人ね、待ってるって伝えに来てくれたの」
まるで先日の出来事が嘘のような笑顔さで頬をほんのり赤らめる鈴蘭さん。
「それでね、それでね」
──愛しい人。来世でもまた逢おう。
「って…そう言ってくれたの。頬を撫でて、髪を撫でてくれたの。他愛もない話をいつもの様にしたわ。本当に、幸せだった」
持っていたナイフとフォークを置き、穏やかな表情で窓を眺める彼女の瞳には、兄の姿が映って見えた気がした。それが彼女の妄想かは分からない。けれど一つだけ確かな事はある。
「そう、ですか。…きっと会えますよ」
無理な笑みを作った俺の心は、泣いていたんだ。
この家中、何処を行っても二人の香りが纏わりついてくる事に、二人はやはり遠い存在だと現実を叩きつけられながら。
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