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「さあ、長旅になるぞ」
被った帽子を風に飛ばされぬよう抑えながら、大分離れた故郷の港を振り返る。此処は船の上だ。
きっともう、鈴蘭さんには会うこともないだろう。けれど俺はずっと忘れない。鈴蘭さんが兄を忘れられないであるように。
あの家でこれからも一人きり過ごすであろう彼女は、寂しくい思いになる人生を歩むことだろう。兄のいない、寂しい人生を。
「…そういえば、鈴蘭って花があったよな」
なんと無くそれを今思い出し、役立つかと思って鞄に大量に入れていた本の内の一つ──花の図鑑を手に取り鈴蘭の頁を探してみた。
「あった。鈴蘭の花言葉…は…」
純粋、謙虚、そして──再び幸せが訪れる。というものだった。
嗚呼、良かった。彼女にぴったりではないか。正に、あの人は鈴蘭のような人だったと言う事だ。
本を閉じた俺は空を見上げる。この先俺の人生、何が待ち受けているかわからない。だから楽しみな反面、怯えた反面もある。
遠くへ、遠くへ行く中で不安がある。
「けど、一つだけ確かな事がある」
──愛しい人よ、どうか来世でも貴方と巡り会いたい。
「その為には、兄と肩を並べられる…いや、兄を超える存在になってみせましょう」
嗚呼、どこからか鈴蘭の香りが漂ってきた。
遠く、果たして来るかも理解らない輪廻の先を思いながら、曇り一つない晴天を見上げて笑った。そうして俺は、船の中へと静かに消えて行く。
鈴蘭の花には、毒が含まれているということも知らずに。
──これは、遠い未来に想いを馳せながら生きる、毒に魅入られてしまった哀れな男の物語。
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