鈴蘭

5/6
前へ
/6ページ
次へ
「さあ、長旅になるぞ」 被った帽子を風に飛ばされぬよう抑えながら、大分離れた故郷の港を振り返る。此処は船の上だ。 きっともう、鈴蘭さんには会うこともないだろう。けれど俺はずっと忘れない。鈴蘭さんが兄を忘れられないであるように。 あの家でこれからも一人きり過ごすであろう彼女は、寂しくい思いになる人生を歩むことだろう。兄のいない、寂しい人生を。 「…そういえば、鈴蘭って花があったよな」 なんと無くそれを今思い出し、役立つかと思って鞄に大量に入れていた本の内の一つ──花の図鑑を手に取り鈴蘭の(ページ)を探してみた。 「あった。鈴蘭の花言葉…は…」 純粋、謙虚、そして──再び幸せが訪れる。というものだった。 嗚呼、良かった。彼女にぴったりではないか。正に、あの人は鈴蘭のような人だったと言う事だ。 本を閉じた俺は空を見上げる。この先俺の人生、何が待ち受けているかわからない。だから楽しみな反面、怯えた反面もある。 遠くへ、遠くへ行く中で不安がある。 「けど、一つだけ確かな事がある」 ──愛しい人よ、どうか来世でも貴方と巡り会いたい。 「その為には、兄と肩を並べられる…いや、兄を超える存在になってみせましょう」 嗚呼、どこからか鈴蘭の香りが漂ってきた。 遠く、果たして来るかも理解らない輪廻の先を思いながら、曇り一つない晴天を見上げて笑った。そうして俺は、船の中へと静かに消えて行く。 鈴蘭の花には、毒が含まれているということも知らずに。 ──これは、遠い未来に想いを馳せながら生きる、毒に魅入られてしまった哀れな男の物語。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加