エピローグ

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エピローグ

 バタン、と音を立てて楼主が雑誌を閉じた。  彼が手にしているのは、本日発売したばかりの映画雑誌である。    淫花廓を訪れた駆け出しのハリウッド俳優、ケント・フジタが思わぬ『事故』で、倉庫で二人の男娼に襲われた事件から、すでに半年が経過していた。  つい先日、ケント・フジタの映画が公開となり、すさまじいほどの演技力が話題となり世間を賑わせている最中なのである。    楼主は『事故』のである菖蒲・キクの両名の罰を、ケントの映画の出来次第だ、ということでいったん留保していた。  というのも、ケントが淫花廓を訪れた理由というのが、深刻なストレスによるスランプ、と聞いていたからだった。  あの日……男衆から客が倉庫に閉じ込められ男娼と交わっている、と報告を受けた楼主は現場に駆け付け……その場の惨状に頭痛を覚えながらも疲労困憊となっているケントを救出し、二名の男娼にはげんこつをお見舞いしてやった。  しかし、当のケントが、二人は悪くない、俺は目が覚めた思いだ、と男娼たちの擁護をしたものだから、それ以上の罰を与えることができなかったのだ。    だから楼主は、二人が真実ケントのちからとなることができたのか、それを彼の演技の評価で確認するとして、菖蒲とキクにはげんこつと、ペナルティとしての夕食抜き以上の罰を与えてはいなかった。  そしていま、楼主は英語雑誌を流し読み……地面にめり込むのではないかと思うほど重い溜め息を吐き出した。 「手前(テメェ)ら……お客様に感謝するんだな。ちょっとでもクレームが来ようモンなら即刻座敷牢に閉じ込めようと思ってたが……懐の広い相手で良かったじゃねぇかくそったれが」  楼主の苦々しい言葉に、無理やりに正座をさせられている菖蒲が首を傾げた。 「え~。でも結局ほかの男娼相手でも、やることは一緒だったんだし、お金もちゃんとくれたし、なんで菖蒲が怒られてんのかわかんない」  楼主相手にもいつも口調を崩さない菖蒲はすごい、とキクは横目でその可愛い顔を見て感心した。  楼主がじろりと菖蒲を睨みつける。 「品格ってもんがあんだろうが、品格が! あんなくそ汚ぇ場所で逆レイプしやがって……掃除しに行って余計に汚す奴があるか!」  雷のごとく迫力のある声で怒鳴られ、キクは肩をビクっと竦めた。しかし菖蒲はどこ吹く風である。 「でも、清掃代って言ってたくさん包んでくれたんでしょ? 菖蒲とキクちゃんのおかげじゃん。っていうか僕たち、褒められることしかしてなくない? そのインタビュー記事も、悪いこと載ってないんでしょ?」 「そ、そうなんどすか?」 「え~、だって、菖蒲とキクちゃんで天国見せてあげたのに、悪く言うわけないじゃ~ん」  うふふ、と笑った菖蒲につられて、キクもへらへらと頬を緩めた。    呆れ切った楼主が、処置なしと言わんばかりに雑誌を放り投げた。  空中で広がったそれは、正座の菖蒲とキクの前に、バサリと落ちた。    そこには、ケント・フジタの憑き物が落ちたがごとく晴れ晴れとした笑顔の写真が、アップで載っていたのだった……。   ***  ケント・フジタ。  もはや全米でその名を知らぬ者は居ない。  彼は押しも押されもせぬハリウッドスターで、ケントの出演する映画はすべてヒットする、というジンクスともに後世に語り継がれる伝説的な俳優である。  ケントのルーツを辿ると、ある映画が浮上する。  それは、彼が初主演を努めたものだ。  タイトルは『二人の男』。  ケントはその映画で、欲望に忠実な本能のままに動く殺人鬼と、この世のすべてを悟ったかのような、一切の執着を捨てた神々しいまでの神父の二役を完璧に演じ分け、名声を恣にしたのであった。    とある映画雑誌には、当時のインタビュー記事が残っている。 記者 『ギラギラとしたモンスターと、あらゆるものを受容する静謐な神父、それぞれ役作りをどのように行いましたか?』 ケント 『モンスターも神父も、根っこのところは同じ人間さ。俺はそれを日本で学んだ。日本には、天国と地獄を一度に体験できる夢のような場所があるからね』    END 
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