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ある日
その事件があったのは僕が中学2年の時だった。
冬も近づく風の強い日。
僕はポケットに手を突っ込み、もっと厚着で家を出ればよかったと思いながら登校していた。
そんな何気ない1日の始まりが急転したのはそのすぐあとだった。
家から中学までちょうど真ん中くらいの距離に差し掛かったら、何やら同じ学校の生徒がわらわら群れて騒いでいるのが見えた。
騒動の中心には電柱がある。
"なんかあったのか?"
僕は少し早足で近づいた。集団の端に友人の顔があったので事情を聞いた。
「おはよ。なに、なんかあったの?」
「んぁあ、おはよう。いやさこれ見てみろよ……」
友人はテストが赤点だった時の顔で電柱を指さした。
あたりの生徒たちも皆、不安そうだったり気味悪そうな顔をしていた。
僕がそちらに目を向けると視界に入ったのは
【まーくんを探しています】
と、ペンで手書きされた情報提供を呼びかける紙だった。
題字の下には"まーくん"の年齢、身長、体重、失踪時の服装、紙を貼った人への連絡先が記載されている。
感情のままに書き殴られたような、正直に言って汚い字だ。
これだけなら我が子を探す親の悲しい話なんだが、そうならないのはこの紙が1本の電柱をぐるりと上から下までビッシリ覆い尽くしているからだ。
当時の僕が身長160cmくらいだったのに対し、紙は見上げなければならない程高く、電線に掛かりそうな位置にまで乱雑に貼り付けられていた。
ぐるりと1周重ね重ね貼り合わされた失踪人のビラ。さらに不思議なのは"まーくん"の顔の写真がない事だ。
これでは誰がまーくんなのかほとんどわからないだろう。
いくつもの不審な点、みんなが話題にするのも理解できる。
けれど、このままここにいても遅刻してしまう。
誰かが時間を気にする発言をしたことで、他の生徒も散り散りに登校を再開した。
だが学校に着いてもその話題は続いた。都市伝説的な事件に僕たち中学生は怖いもの見たさが表出していたんだと思う。
家に帰って夕飯時に母親にその話をした。
「――ってことがあったんだけど、何か知ってる?」
「あーそういえば、昼間にパトカーが何度もここら辺を走ってたから、それが関係してるのかもね」
母が言った。
近所の人が警察に通報したのか。あれだけ無断で貼っていたら当然怒られる。まーくんの母親は何者なんだろうと思った。
次の日。大変な事態が起きた。
「ちょっと○○!!はやく起きて!」
母のけたたましい声で飛び起きた僕。
眠気と戦いながら1階に降りると、朝なのにやけに暗いリビング。
おかしい、そう思ったが電気を付ければいいかと壁のスイッチを押した。
ぱっと照らされる室内。見通しがよくなったおかげで南にある大窓が何かで日光を塞がれていることが分かった。
「こっちこっち!外に来て!!」
母が玄関から呼んでいる。
靴を履いて、南窓に接する小さな庭に出た。
僕は眠気が吹き飛んだ。
「うそだろ?!」
窓にはあの【まーくんを探しています】ビラが全体に何十枚と貼られていたのだ。
気持ち悪さに震える母。
そして周辺の家々から叫び声や怒鳴り声が聞こえている。
もしかして他の家も同じ状況になっているのかもしれない。
急いで家の前の道路に出ると、そこはもうに僕の知っている町ではなかった。
民家の窓も塀も壁も屋根も車にもこびりつき、さらに電柱はもちろんアスファルトの地面にも例の紙が敷き詰められていたのだ。
前後左右紙ばかり、空以外の全てに紙が貼ってある。僕は頭がおかしくなりそうだった。
紙を見れば1字1句変わらず同じ言葉が書いてある。
しかしよく見ると、文字の形や大きさそれぞれ微妙にちがう。
何万枚はある紙は全て手書きされたものだった。
共通するのは顔のないまーくんを探している内容ということだ。
一体誰がこんな数をどうやってばら撒いたのか、僕はただただ不思議だった。
僕と同じようにこの光景に頭を抱え、開いた口が塞がらない人達が道に沢山いた。
その後警察がやってきた。
パトカーを走らせるにも紙がタイヤに絡まるとのことで、途中から歩いてきたと話していた。
彼らによれば僕の家の番地辺りから半径500mは紙が隙間ないほど埋めつくしているらしい。
大量の通報が来て困ったが、ここに来たらそれも納得だと言っていた。
犯人はまだわからない、"まーくん"も過去の捜索願含め遡って調べたが該当する人は見つからなかったとも言っていた。
この日、学校は休みになり町の住民はみんなで協力して紙の回収をした。強い接着剤が使われていたようで剥がすのに苦労した。
完全に処理するのには丸3日かかった。
ようやく作業が終わった日曜日の夜。
疲れた身体でリビングのテレビを眺めていたら、閉じたカーテンの向こう側、南窓の方で物音がする。
僕はとっさの判断でカーテンを引っ張って、窓から庭を見た。
目の前に女が立っていた。
「うわぁあ!!」
僕の叫び声で両親が駆けつけた。
窓の光景を見ると同じく叫んだが、父が勇気をだして窓を開けた。
「誰だお前は!」
父が怒鳴って問いただすと
「あっ………ご、ごごめんなさあいぃ」
喉を震わせ怯えるように女は喋った。
その手には紐で結んだあの紙が何百枚もあった。
女の姿は、外に出ないのか病的に白い肌に黒いワンピースはコントラストが強すぎるような感じがした。顔や手のシワから歳は50前後に思えた。
母の110番ですぐに警察官が来てくれた。
その間、女の目は虚ろだったが大人しく立っていた。
2人の警官がその場で事情を聞くと、
「まーくん、まーくんを、探してるんです」
この女が連日の大騒動を起こしたことに間違いないらしい。
やりすぎだと注意をした上で警官はさらに話を聞く。
「君、人探しならちゃんと僕らに捜索願を出してくれないと。みんなに迷惑かかるから」
「はい…すみません……」
すんなり謝った。
警察署で詳しい話を聞くため女はパトカーで連れていかれた。
以降、町にあの貼り紙はされなくなった。
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