いらっしゃい

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 不意に、足元の黒猫が溜息をついたように見えた。 「猫が……まさかね」 「使い魔の豆炭(まめたん)よ。真っ黒だし丸まった時の感じが似てるでしょう?」 「……豆炭?」  いわゆる固形燃料の事だが、瑞希の字氏に無い言葉だったので思わず首を傾げる。  使い魔という言葉にもなじみが無かったので余計に理解ができなかった。 「……可愛らしくマメタンと呼んでも良いわよ」 「ま……マメタン」  それに応じるように、黒猫の豆炭はにゃあと鳴いた。 「それはともかく」  豆炭に小さく指を振って見せた後、瑞希は一つ咳払いをして仕切り直した。 「お代を払えば、どんな望みでも叶えてくれるとか」 「出来る限りね」 「どれぐらいができる限り?」  瑞希の問いかけに、そうねぇと少し考えてから里香は答えた。 「……明日からドバイに住みたいとか言われても困るわね」  里香の例えが基準として当てはまるポジションが見つからず、瑞希は思わず眉をひそめてしまう。 「後、少々高いわよ?」  そんな瑞希の様子に構う事無く、里香はそう言って一つウインクをして見せた。  親指と人差し指で輪っかを作るのも忘れない。  足元の豆炭が、その仕草を咎めるようににゃあと鳴く。  瑞希が感じていたこの店の神秘性が少し薄れた。  だが、それはほんの一瞬の事で、すぐに気を取り直すと瑞希は勢い良く頷いた。 「大丈夫です。えっと、私は麻績村瑞希と言います。ここへは知り合いに教えて貰ってきました」 「わざわざ足を運んで頂いてありがとう。大歓迎よ。それで、ご用件は?」  里香はそれが誰なのかは聞きたがらなかった。 「あ、そうですね。私は町でカフェをやってます」  そう言って名刺を差し出す。  魔女は受け取ると、それを二本の指で挟んだままニッと笑った。 「客が来ないのね?」 「いえ、順調。売り上げも上々」 「チッ、外したか」  また、豆炭が先ほどと同様の調子でにゃあと鳴いた。  瑞樹の中で神秘性の降下に加速がつき始める。棚の塗装が剥げているのに気付いた。 「じゃあ、御用は何かしら?」  やや投げやりな口調。 「えーと……その」  少し話辛そうに口籠る。里香はそんな瑞希を促すように言った。 「安心して。ここでの会話は誰にも知られることは無いわ」 「……ほんとに?」 「ええ、本当よ」
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