出来損ないの天使

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出来損ないの天使

 本庄津波は目の前の光景が信じられなかった。自分の部屋の中に見知らぬ男がいる。知り合いなんかでは勿論ない。誰?この人誰なの?ていうかなんでこの人私の部屋に入ってるのよ。お母さんいないの?彼女は目の前の男の存在に動揺したが、やがてそれが落ち着くとちゃぶ台に座っている男に言った。 「あなた誰ですか?ちょっと人の部屋に勝手に入らないでもらえます?」  すると、男が振り向いた。若い男である。年齢は二十歳ぐらいか。どこにでもいそうな平凡な顔だ。男が答えた。 「ああ、起きたのか。残念ながらここはお前の部屋じゃねえよ。まぁ、俺がお前のとこに勝手に入ってるのは事実なんだけどさ」 「わけのわからないこと言ってないでさっさと出ていってよ!」 「うるせえ仕事の邪魔だ!お前はちょっと黙ってろよ!」 「ちょっとぉ、さっきからお前お前ってうるさいんだけど!初対面の人間にお前って言うのやめてもらえますか?」  津波がそう言うと、男はクックックと含み笑いをした。そして津波を無視して再びノートパソコンで作業を始めたのである。津波はもう完全に頭ににきていた。だから男にこう言って追い出そうとしたのである。 「あのさぁ、私の言ってることわかんないの?さっさとぉ~!こっから出てけって言ってんの!」 「へぇー!けっこう喋るんだな。データには『無口』『顔が暗い』とかかいてんのに」  データ?なにそれ?と津波は跳ね起きて男の方に向かいながら言った。 「なんのデータなのよ!ってかあなた何者?」  男は津波の問いに答えない。ただニヤニヤして彼女を見るだけだ。やがて男はノートパソコンの方に向き直り作業を再開した。津波はこの男はなにカタカタやってんだとノートパソコンを覗き込んだ。  ノートパソコンには表が作成されていてその中に人の名前のリストがずらりと並んでいた。そして表のタイトルを見た時津波は愕然としたのだった。そこにはこう表示されていた。 『自殺死保留帳』  津波は動揺を必死で押さえながらもう一度男に尋ねた。 「ねえ?これってなんなの!」  男は彼女の方を向き例のニヤニヤした表情で言ってきた。 「知りたい?」  彼女はゆっくりうなずいた。 「これはね。自殺を行った人間のリストなんだ。これ新着順にならんでるんだ。ほらほらお前の名前トップにあるだろ」  確かに一番上に『本庄津波:11月14日午前6:18頃ビルから飛び降り』とあり、彼女の名前の列がすべて赤く塗られている。津波はあまりの衝撃に気を失いそうだった。ああ!死んじゃった!私死んじゃった!もうお母さんやお父さんにも会えないんだわ!彼女はたまらず「私死んじゃったよ〜!」と泣き出した。死んだ!死んだ!もう誰とも会う事はないんだ! 「盛り上がってるとこ申し訳ないけど、お前まだ死んでないから!」  男の一言に津波は驚いた。はっ?だって私死んだんでしょ!なにが死んでないよ!彼女はもう訳がわからなくなっていた。死んだって言ったり死んでないっていったり、だいたい死んだ人間がなんで自分の部屋にいるのか。そして今目の前にいる男は何者なのか。  津波はこの訳のわからない状況に腹が立っていた。だからもう男を指差して問いただしたのである。 「あなた何者なの?で、なんで私の部屋にいるのよ!そして私は今どういう状態になっているのよ!」  男は例のニヤニヤした表情で言った。 「知りたい?」 「さっさと話せ!」  男は急に真面目な表情になり、それからゆっくり一息ついてから言った。 「まぁ、自己紹介から始めるか。実は俺、天使なんだ。出来損ないだけどな」  
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