この気持ち、なんだっけ

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 喫茶店を出た私と伊奈さんは、駅から歩いて程近い場所にある商業ビルに来ていた。私もよく買い物をする場所だし、ここにはカジュアルで値段も手ごろなお店から綺麗系の服を扱うお店まであって便利なのだ。  ひとまず、最初は私が好きなお店に伊奈さんを連れて来てみた。とりあえず自分で選んでみろと言われたので、私は店内をぐるりと見回してから目に付いた赤のスカートと、それと色違いの青のスカートを手に取る。 「伊奈さん! これとこれだったら、どっちがいいと思いますか?」 「うーん……青だな」 「え、そうですか? 意外ですねー、デートなら赤の方がいいのかなって思ったんですけど」 「あんたのその固定観念はどっから来てるんだ?」  呆れ気味な伊奈さんの声が聞こえてきたが、それは無視して近くにあった花柄のワンピースを手に取った。しかし、先ほど彼に言われた言葉を思い出して慌てて元あった場所に戻す。 「あ、花柄ワンピースは駄目、でしたよね……」 「駄目ってわけじゃねぇよ。それくらいだったらいいんじゃねぇか?」 「ええー? 基準が曖昧ですねぇ。よく分かりません」 「……あのなぁ。俺はパッと見た直感で言ってるんだ。基準とか言われても俺だって分かんねぇよ」  確かに、伊奈さんは最近流行りのファッションに詳しいわけではないだろうし、「男としての目線」でアドバイスをしてくれているだけだ。基準なんて無くて当たり前だろう。  でも、それではこれからどんな服を買えばいいのか分からないではないか。 「あっ、そうだ! じゃあ、これから買い物するときは伊奈さんに付き合ってもらいます!」 「はあ!? これからって……まさか、相手が見つかるまでか!?」 「そうですよ? だって、男性が好きそうな服なんて私には分からないですし」 「なっ……、そこまでしてやるとは言ってねぇぞ!」  絶句したように目を見張る伊奈さんは、見るからに嫌そうな顔をしている。確かに自分でもあつかましいことを言った自覚はあるけれど、ここで引いてしまったら駄目だ。  そもそも、あのパーティーで私を騙したお詫びとしてこうして彼に協力してもらっているのだ。そのことを思い出して、私は慣れない脅しを使ってみることにする。 「い、いいんですか? あの婚活パーティーでサクラがいたってこと、色んな人に言いふらしちゃいますよ」 「なっ……! ひ、卑怯な手使うじゃねぇか……!」 「な、なんとでも言ってください! 大体、伊奈さんが言い出したんですからねっ! 私の運命の人を見つけてくれるって!」  小声ではあるがそう叫ぶと、伊奈さんはぐっと息を詰まらせた。今さらながら、面倒なことに首を突っ込んでしまったと後悔しているのかもしれない。  でも、私だって引き下がる気は無かった。確かに、あのパーティーでまんまと騙されてしまったことはショックだったし、怒りだって湧いた。でも今はそれよりも、伊奈さんという協力者を手放したくない気持ちの方が大きくなっていたのだ。 「……あんた、意外と根性座ってんな。もっとチョロい女かと思ってたが」 「え……チョロい?」 「まあ、生きてく上で多少の図々しさは必要だからな。俺も一度言ったことを反故にするような男にはなりたかねぇし、不本意極まりないが付き合ってやる」  苦虫を噛み潰したような顔をしながら、伊奈さんはそう宣言した。彼の言葉の意味はよく分からないが、とにかく今後も買い物に付き合うことには了承してくれたらしい。 「ありがとうございます、伊奈さん! 伊奈さんが協力してくれたら、絶対うまくいくと思うんです!」 「あー、そうかよ。そりゃよかったな」 「はい! あっそうだ、私さっきの青いスカート買ってきます! ちょっと待っててくださいね!」  伊奈さんを残して、私はさっき彼が選んでくれたロイヤルブルーのスカートを買いに走る。背後でため息が聞こえたような気がしたけれど、それも気にならないくらい私は彼と過ごすこの時間を楽しんでいた。
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